サイボクハム
埼玉県日高市に「農」のディズニーランドと呼ばれる牧場、サイボクハムがあります。年間400万人近くもの人々が訪れるというその魅力の秘密は、何と言っても美味しい高品質の豚肉と本場ドイツ仕込みのハム・ソーセージ類、本格的なドイツパンにあります。
サイボクハムの正式名称は「埼玉種畜牧場」と言います。東京ドーム約3個分もの広大な敷地内に、レストランを始め、工場直売のミートショップ、カフェテリア、自社製パン工場、ハム・ソーセージ製造工場、特産品販売所、農産物マーケット、そして温泉施設までが併設されていて、一大「豚のテーマパーク」、「食のテーマパーク」となっています。
その存在を知ったのは、約20年前のこと。ウィーンへの赴任から戻って日高市の近くに居を構えたことから、近隣在住の知人に教えられたことによります。当時はまだ小規模な手作り感のある施設で、季節によっては近くの豚舎から得も言われぬ香りが漂ってくるほど。また、時折、二代目社長笹崎静雄氏の姿(写真上:日経ビジネス )をミートショップでお見かけし、声をお掛けすることもありました。
サイボクハムは戦後まもない1946年に先代社長の笹崎龍雄氏が日本の食料事情を改善しようと、養豚業をこの地で始めたことに由来します。龍雄氏は立志伝的な人物で、「養豚大成」という養豚業のバイブルともいえる本を著し、我が国の養豚業の普及に力を尽くした方です。(以前は、その著作本のほか、経営理念などが書かれた機関誌「心友」がミートショップの店頭に並んでいました。)
畜産と言えば牛(酪農)と鶏(養鶏)が主であった当時にあって、養豚業を唱えることには大変な努力と苦労があったようです。社名に「種畜」があるように、種豚の品種改良によって高品質の豚肉を開発し、これを消費者に届けようとしたのです。その結果、世界に誇る品質の豚肉「ゴールデンポーク」や「スーパーゴールデンポーク」そしてこれらを使った本場ドイツ仕込みの美味しいハム・ソーセージを生み出しています。しかもその評価は世界的に認められており、ドイツ農業協会(DLG)食品コンテスト「国際食品品質競技会」では、3年連続で[最優秀ゴールド賞]を受賞しているほどです。
原料となる豚の育成から加工、販売までを一貫して行うという、現在のユニークな畜産スタイルを生み出すとともに、食と健康のユートピア(ミートピア)を創造するというテーマに取り組んできたのは、龍雄氏のご子息で現社長、静雄氏なのです。インタビューにこう答えています。
「周囲は大学を卒業して入ったばかりの若僧が何を言っているのかと反発の嵐です。そこで、一度会社を出て食肉センターと売り場で1年あまりゼロから精肉を学びました。しかし、1000軒を超える精肉店を回った結論は、サイボクハムの品質はトップレベルだということでした。再び会社に復帰した後、さらに提案を繰り返し、そこまで言うならとようやく父が認めてくれ、小売りがスタートできました」。
オープンした6坪の店の初日の売り上げは僅か2000円だったそうです。それが今や年間来訪者400万人、売り上げ約60億円となるまでに発展したのは、やはりジューシーで美味しい豚肉と本物志向のハム・ソーセージの味でしょう。
日本人好みの甘い味に仕上げられた大手メーカーNハムやIハムの製品に満足できないオーストリア駐日大使ご夫妻に私からサイボクのハム・ソーセージをお送りしたことがあります。早速お眼鏡に叶い、以来、大使館のパーティには必ずサイボクの品を取り寄せておられたという逸話が残っているほど、その味は大使館のお墨付きです。
ところで、2013年の秋に困ったことが起きました。いくつかのTV番組で相次いで紹介されたことから、お客が殺到して品不足となってしまったのです。オーストリアに住んだことのある友人に本物のソーセージを送ろうと遠路はるばる訪れたのですが、生憎と全製品売り切れ。TV放送の威力を思い知らされた次第です。(写真:嶋田淑之氏のブログ から)
甲斐 晶(エッセイスト)
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