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落語の楽しみ

ジャニーズ系タレントが落語修業に打ち込む民放の連続TVドラマ「タイガー&ドラゴン」が高視聴率を上げて以来、落語ブームが続いていると言います。実際に、寄席やホール落語などに出かけてみると、高齢者に混じって、結構、若い人の姿を見かけます。これに、NHKの連続朝ドラ「ちりとてちん」が小浜出身の女流落語家の物語を取り上げたことが拍車を掛けたようです。

Photo_4ラジオしか無かった時代が幼少期であった筆者にとって、早く寝なさいという親のことばを尻目に、頭から被った布団の中で周波数分離の悪い鉱石ラジオから聞こえる演芸番組に懸命に耳を傾けていた頃が懐かしく思い起こされます。そんなわけで、大概のはなしの筋は覚えてしまい、まくらの部分を聞けばオチが分かる程です。しかし、何度聞いた話であっても、その都度大いに笑えるのは、歴史の篩いに掛けられて生き残ってきた古典芸能の力でしょうか。

長ずるに及び、今は故人となってしまった志ん生(五代目)、小さん(五代目)、圓生(六代目)など、それぞれ味があって、寄席やホール落語会に出かけては、堪能したものです。志ん生の2人の息子、馬生(十代目)と志ん朝にも、話のうまさに早くから注目していたのですが、残念ながら2人とも相次いで早世してしまいました。

現在、活躍中の噺家の中では、柳家小三治、春風亭小朝、桂文珍の3人が好きです。

小三治は、ちょっと間抜けな役柄の与太郎ものをやらせれば秀逸です。高校教師であるご両親の期待に反して大学受験に失敗。本来の反骨精神からか、落語家を目指して小さん(五代目)に入門。めきめき頭角を顕し、小さん亡き後は、その名跡を継ぐのではと目されていたのですが、結局は、小さんの長男の三語楼が六代目に就任。してやられた感がありましたが、これも無理押しはしないという彼の人生哲学の表れなのでしょうか。

Photo_2彼は大変な凝り性で、熊の胆、蜂蜜、石鹸、バイク、語学と次々にそれぞれの究極を求め、涙ぐましいまでに探求。その体験談などをはなしのまくらにするのですが、これが本題よりもすこぶる面白く、時には1時間近くもやるのです。ついには、このはなしの「まくら」だけを集めた本を出版(「ま・く・ら」講談社文庫)。お読みになれば抱腹絶倒すること請け合いです。自宅のバイク置き場にホームレスが住み着いた顛末記では、彼の見かけに依らない心の優しさが窺えますし、語学修行にニューヨークに出かけた時の苦労譚は、努力家である彼の一面を知ることが出来ます。

小朝は、古典落語も上手ですが、新作物や古典を現代風にアレンジした噺も大いに笑えます。クールな語り口のあちこちに「くすぐり」が用意されているのです。越路吹雪が亡くなって間もない頃、飯野ホールで「越路吹雪物語」を聴きました。関東では珍しく釈台を使いながら、不世出の歌姫の生涯を、ある時は可笑しくある時はしんみりとした語り口で描き出し、お客の喝采を浴びていました。彼の「源平盛衰記」も聞き物です。

Photo_3関西落語の文珍は、老人問題やコンピューター社会を巡る悲喜こもごもの人間模様をとぼけた口調で面白可笑しく語ります。古典と新作の融合も狙っているようで、いつかANAの機内で聴いた「商社殺油地獄(しょうしゃごろしあぶらのじごく)」には、涙が出るほど笑わされました。

ある産油国、駐在員3人だけの日本商社の出先の噺です。新国王となるアラマ・ハッサンは、日本留学の経験もある大の親日家。能狂言に関心が有り、王位就任レセプションで狂言をやるように注文しますが、狂言に疎い日本人商社マンは、にわか勉強で国王の前で新作狂言『天才バカボン』を演ってみせるという筋です。これが、滅茶苦茶に可笑しいのです。もう一度聴きたいと思い、彼の独演会に出かけて見るのですが、空振り続きでした。東京近郊での独演会を聞きに行った際、駅前でぱったり文珍さんに出会い、二言三言、言葉を交わしましたが、その際のやりとりが当日の高座のまくらで紹介され、面はゆい気持ちをした記憶があります。サービス精神旺盛な噺家です。

甲斐 晶 (エッセイスト)

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