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2015年7月

商社殺油地獄余話

前回、「落語の楽しみ」と題して、落語に親しむようになったいきさつや好みの噺家について書きました。現在活躍中の3人、柳家小三治、春風亭小朝、桂文珍の名前を挙げて、それぞれの人柄や噺の特徴などを紹介しました。

 その中のひとりで上方落語の雄、文珍師匠の持ちネタのひとつに「商社殺油地獄(しょうしゃごろしあぶらのじごく)」があります。初めて聴いたのは、何年か前のANA国内線の機内でした。奇想天外な展開に抱腹絶倒したことがあります。帰宅後早速AmazonDVDを求め、聴き直して見ました。

 104このDVDは、2008年春に大阪で行われた「桂文珍10夜連続独演会」をDVDに録画したシリーズの第4夜に収録されたもので、「包丁間男」という噺と一緒に収められています。

 従前から文珍さんは、日本全国、各都道府県を訪れては、その地の公会堂などで独演会を開催するという地道な活動を続けています。東京でも毎年春先に国立劇場小劇場で「桂文珍大東京独演会」を数日間開催して、好評を博しています。

特に2010年には、46日から15日まで、1600人を収容する国立劇場大劇場で10日連続独演会を実施。その人気からチケットは即日完売し、連日満席の会場は大爆笑の渦となったという、半ば伝説的なものとなっています。この熱演の模様がやはりDVDシリーズ「桂文珍大東京独演会」として発売され、くだんの「商社殺油地獄」はその第6夜に「高津の富」とともに収録されています。

Photo_5「商社殺油地獄」は、ある産油国、駐在員3人だけの日本商社の小さな出先の噺です。新国王の就任1年記念イベントを取り仕切っているのがアラマ・ハッサンさん。彼は、新国王が日本留学の経験もある大の親日家であって、能狂言にとても関心が深いことから、記念レセプションで狂言をやるように駐在員に注文を付けます。

そうした事情を全く知らない日本人商社マンは、もともと狂言には疎いのですが、どうせ王様には分かりっこないと高をくくり、あわよくば油の割り当てを増やして貰いたいとの下心をもって、にわか勉強で新作狂言『天才バカボン』を国王の前で演ってみせるという筋です。結局は、目論見どおりには行かずに落ちになるのですが、あの有名な漫画の主人公達を狂言に登場させて、パロディ化。これが、滅茶苦茶に可笑しいのです。

文珍さんは浄瑠璃や謡曲の素養があるようで、賑やかな鳴り物入りの狂言の場面になると、見事な節回しで「謡い」を披露します。

ところで、噺の中味がパロディであるばかりではなく、「商社殺油地獄」というタイトルも、近松門左衛門が人形浄瑠璃のために書き下ろし、明治になって歌舞伎に翻案して大当たりを取った作品「女殺油地獄(おんなころしあぶらのぢごく)」の演題をもじったものなのです。

歌舞伎の方のあら筋はこうです。油商河内屋の次男坊で札付きの不良息子与兵衛は、義父の徳兵衛が番頭上がりで遠慮がちなのをいいことに放蕩三昧。ついには家を追い出されますが、両親は、親心から与兵衛が来たら渡してくれと、同業で懇意にしている豊島屋のお吉の元に金を届けます。それを目にした与兵衛は、借りた金の返済期限が迫っていたことから、お吉に金を融通してくれと頼みますが、そんな大金は貸せないとお吉に断られて逆上。油樽を倒して油だらけになりながら、逃げるお吉を殺害し金を奪いますが、結局捕らえられてしまうのです。

さて、是非とも「商社殺油地獄」を生で聴きたいものと、ここ数年来「桂文珍大東京独演会」に出かけるのですが、いつも空振り。一昨年など、リクエストを求められて「商社殺油地獄」と叫んだのですが、その日の昼の部でやったばかりということで駄目でした。

そして、満を持して臨んだ昨年4月、幸運にも手を挙げた私のリクエストが採用され、「商社殺油地獄」を演じて戴けました。話の筋は分かっていながらも抱腹絶倒で大いに堪能いたしました。

甲斐 晶 (エッセイスト)

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落語の楽しみ

ジャニーズ系タレントが落語修業に打ち込む民放の連続TVドラマ「タイガー&ドラゴン」が高視聴率を上げて以来、落語ブームが続いていると言います。実際に、寄席やホール落語などに出かけてみると、高齢者に混じって、結構、若い人の姿を見かけます。これに、NHKの連続朝ドラ「ちりとてちん」が小浜出身の女流落語家の物語を取り上げたことが拍車を掛けたようです。

Photo_4ラジオしか無かった時代が幼少期であった筆者にとって、早く寝なさいという親のことばを尻目に、頭から被った布団の中で周波数分離の悪い鉱石ラジオから聞こえる演芸番組に懸命に耳を傾けていた頃が懐かしく思い起こされます。そんなわけで、大概のはなしの筋は覚えてしまい、まくらの部分を聞けばオチが分かる程です。しかし、何度聞いた話であっても、その都度大いに笑えるのは、歴史の篩いに掛けられて生き残ってきた古典芸能の力でしょうか。

長ずるに及び、今は故人となってしまった志ん生(五代目)、小さん(五代目)、圓生(六代目)など、それぞれ味があって、寄席やホール落語会に出かけては、堪能したものです。志ん生の2人の息子、馬生(十代目)と志ん朝にも、話のうまさに早くから注目していたのですが、残念ながら2人とも相次いで早世してしまいました。

現在、活躍中の噺家の中では、柳家小三治、春風亭小朝、桂文珍の3人が好きです。

小三治は、ちょっと間抜けな役柄の与太郎ものをやらせれば秀逸です。高校教師であるご両親の期待に反して大学受験に失敗。本来の反骨精神からか、落語家を目指して小さん(五代目)に入門。めきめき頭角を顕し、小さん亡き後は、その名跡を継ぐのではと目されていたのですが、結局は、小さんの長男の三語楼が六代目に就任。してやられた感がありましたが、これも無理押しはしないという彼の人生哲学の表れなのでしょうか。

Photo_2彼は大変な凝り性で、熊の胆、蜂蜜、石鹸、バイク、語学と次々にそれぞれの究極を求め、涙ぐましいまでに探求。その体験談などをはなしのまくらにするのですが、これが本題よりもすこぶる面白く、時には1時間近くもやるのです。ついには、このはなしの「まくら」だけを集めた本を出版(「ま・く・ら」講談社文庫)。お読みになれば抱腹絶倒すること請け合いです。自宅のバイク置き場にホームレスが住み着いた顛末記では、彼の見かけに依らない心の優しさが窺えますし、語学修行にニューヨークに出かけた時の苦労譚は、努力家である彼の一面を知ることが出来ます。

小朝は、古典落語も上手ですが、新作物や古典を現代風にアレンジした噺も大いに笑えます。クールな語り口のあちこちに「くすぐり」が用意されているのです。越路吹雪が亡くなって間もない頃、飯野ホールで「越路吹雪物語」を聴きました。関東では珍しく釈台を使いながら、不世出の歌姫の生涯を、ある時は可笑しくある時はしんみりとした語り口で描き出し、お客の喝采を浴びていました。彼の「源平盛衰記」も聞き物です。

Photo_3関西落語の文珍は、老人問題やコンピューター社会を巡る悲喜こもごもの人間模様をとぼけた口調で面白可笑しく語ります。古典と新作の融合も狙っているようで、いつかANAの機内で聴いた「商社殺油地獄(しょうしゃごろしあぶらのじごく)」には、涙が出るほど笑わされました。

ある産油国、駐在員3人だけの日本商社の出先の噺です。新国王となるアラマ・ハッサンは、日本留学の経験もある大の親日家。能狂言に関心が有り、王位就任レセプションで狂言をやるように注文しますが、狂言に疎い日本人商社マンは、にわか勉強で国王の前で新作狂言『天才バカボン』を演ってみせるという筋です。これが、滅茶苦茶に可笑しいのです。もう一度聴きたいと思い、彼の独演会に出かけて見るのですが、空振り続きでした。東京近郊での独演会を聞きに行った際、駅前でぱったり文珍さんに出会い、二言三言、言葉を交わしましたが、その際のやりとりが当日の高座のまくらで紹介され、面はゆい気持ちをした記憶があります。サービス精神旺盛な噺家です。

甲斐 晶 (エッセイスト)

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