コンチータ・ヴルスト
欧州および北アフリカの放送局からなる組織、欧州放送連合(European Broadcasting Union)が提供する特別なTV音楽番組の冒頭に表れる統一ロゴです。有名なのは、毎年、元日の朝(日本では夜)に全世界に向かって放映される、ウィーンフィルのニュー・イヤー・コンサートでしょう。ロゴとともに流れるテーマソング、マルカントワーヌ・シャルパンティエの「テ・デウム」の前奏曲でお馴染みなことでしょう。
ユーロビジョンの名を上げたのは、なんと言っても欧州統一の象徴として1956年に始まったユーロビジョン・ソング・コンテストでしょう。その優勝者にはABBAやセリーヌ・ディオンなど、その後世界的なアーティストとして活躍している歌手が多いことでも知られています。
さて、今年5月にデンマークのコペンハーゲンで開催された2014ユーロビジョン・ソング・コンテストで、実に48年ぶりにオーストリアの歌手が優勝しました。48年前の優勝者は、Udo Jurgensで、オーストリアのさだまさしと私が勝手に呼んでいるシンガー・ソング・ライターです。時事問題などシリアスなテーマを取り上げながらも軽快な曲に仕上げてドイツ語圏で人気があります。
ところで今年の優勝者Conchita Wurstの舞台姿がとても奇妙であったことから、その歌唱力は別にして、大いなる議論を地元オーストリアは勿論、ヨーロッパ中に巻き起こしてしまっているのです。(その伸びやかで澄んだ歌声はYouTubeで検索して聴くことができます。あわせて、その奇抜な舞台姿もどうぞご覧下さい。)
ひと言で言えば、彼女(実は彼)は「ひげ面美人」なのです。生まれはれっきとした男性で、本名はThomas Neuwirthと言うのですが、はるな愛などと違って性転換はしておらず、マツコ・デラックスなどのような女装タレントに属します。ムキムキなのに厚化粧とど派手な衣装なのはいわゆる典型的なdrag queen(男性が女装して行うパフォーマンス)なのですが、とても濃いひげ面なのが違和感を呼びます。多分それで自分と他のdrag queenとの差別化を狙っているのでしょう。
彼女は1988年11月、オーストリアのグムンデン生まれ。学校時代には同性愛者であることから常にいじめられるのではないかとのおそれを感じ、休憩時間にトイレに行くのもためらうほどであったと語っています。2007年にオーストリアのタレント・オーディション番組「Starmania」で決勝に進出する一方、2011年2月にグラーツの服飾学校を卒業。この経験が彼女の舞台衣装姿に影響を与えているのかも知れません。
2011年からdrag queen「コンチータ・ヴルスト」として登場。この姿は「すべての人々に差異に対する寛容を呼びかける、重要なメッセージである」として、同性愛者、同性婚、性同一性障害者などへの差別の撤廃を訴えています。 ちなみに、「ヴルスト(Wurst)」とはドイツ語で「ソーセージ」を意味しており、「Das ist mir doch alles
Wurst」(どれも同じ、気にしないの意)というドイツ語の慣用句に由来しているそうです。
優勝後、故郷に錦を飾った彼女は、何千人ものファンを前にしてウィーンの新王宮前広場でコンサートを実施。大成功を収めました。コンサート前にはファイマン首相(社民党)と面談し、彼女が寛容を推進していることに謝意が表されました。
しかし、批判がないわけではありません。現政権の連立相手の国民党は、家族制度を重んずる伝統的価値観に立っており、首相の発言は歌手を政治目的に利用するものと激しく非難しています。
実は、彼女が昨年9月にオーストリア放送協会の内部選考によりユーロビジョン・ソング・コンテスト2014のオーストリア代表に選出された直後から、国内でも大論争となり、フェイスブックの「反ヴルスト」のページは3万1千を超える支持が集まったそうです。
規定により、来年のコンテストは優勝国オーストリアでの開催が決まっています。来年はどんな歌手が登場して優勝するのか今から楽しみです。
甲斐 晶
(エッセイスト)
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