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2012年7月

フォアグラ談義

 Imagescakhfbok 昨年の暮れも押し詰まった1227日、ハンバーガーチェーンWendy'sの再上陸第1号店が表参道にオープンしました。廉価戦略のマクドナルドとの差別化を図ろうとしているのでしょう、新生Wendy'sは店舗もメニューも高級志向です。Japan Premiumと名付けられた4種の日本限定メニューの中での注目は「フォアグラ・ロッシーニ」。価格は1,280円もしますが、フランス料理の中でもグルメの象徴とされる「ロッシーニ風ステーキ」をハンバーガーに仕立てたもので、ハンバーグの上にフォアグラのテリーヌを乗せ、「マデラ酒とバルサミコを煮詰めた芳醇なソース、そして香り豊かなトリュフクリームで仕上げ」ているそうです。世界三大珍味、キャビア、トリュフ、フォアグラのうち2つを用いているのですから贅沢至極です。

 Fg1001f_big ところで、新鮮なフォアグラのソテーは秀逸です。フォアグラといえば、これを加工したパテ(レバー・ペースト)やテリーヌが一般的ですが、個人的にはあのもてっとした食感が駄目でした。しかし、ある時、フランス駐在の友人を訪れた際に、「ここのレストランの生フォアグラのソテーはお勧め」と言われて試してから病み付きに。レバー特有の臭みが全くなく、口の中に入れると舌の上でとろけるおいしさです。新鮮な生フォアグラが入荷しないと出来ないので、メニューには乗らないというしろもの。お刺身のネタ並ですね。日本でも、フォアグラ丼なるメニューのあるお店もありますので、どうぞお試しあれ。(画像:http://www.gourmet-world.co.jp/shopping/?page=product&prod=89

 フォアグラの主要生産国はフランスとハンガリーです。後で述べるような方法によってフランスではアヒルからフォアグラを生産しているのに対して、ハンガリーではガチョウを用いています。2004年の統計では、フォアグラの年間総生産量23,670トンのうち、フランスが76%、ハンガリーが11%を占め、ブルガリアが第3位、8.5%です。

 さて、フォアグラの製法はアヒルやガチョウにとってちょっと残酷なやり方です。フランス語でフォアグラ(foie gras)とは、肥満した(gras)肝臓(foie)という意味で、アヒルやガチョウに無理矢理、餌を食べさせて人工的に作り出した脂肪肝なのです。そもそもカモの類は渡りを行う際に予め肝臓に脂肪を蓄えて脂肪肝になる性質があり、これを利用しているのです。

Tky201111100634 強制給餌のやり方はこうです。初夏に生まれた雛を野外の囲い地で牧草を餌に十分運動させて育て、基礎体力を付けさせます。(ウィーンに駐在していた頃、ハンガリーの窯元ヘレンドを訪ねる途中、プスタ平原に放し飼いになっている多数のガチョウの群を見ました。きっと基礎体力醸成中だったのでしょう。フォアグラを取った後の羽毛はダウンになりますから、実に一石二鳥です。)(画像:http://images.google.co.jp/imgres?q=%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%A2%E3%82%B0%E3%83%A9+%E5%BC%B7%E5%88%B6%E7%B5%A6%E9%A4%8C&hl=ja&rlz=1T4TSHD_jaJP324&biw=1024&bih=372&tbm=isch&tbnid=NgZI4RqcDqhr0M:&imgrefurl=http://digital.asahi.com/articles/TKY201111100643.html&docid=S07Yps7r1AiICM&imgurl=http://digital.asahi.com/articles/images/TKY201111100634.jpg&w=500&h=336&ei=2vD6T8W0GoLu-gaE3pXfBg&zoom=1&iact=hc&vpx=683&vpy=53&dur=3782&hovh=184&hovw=274&tx=182&ty=132&sig=110260935287841849764&page=1&tbnh=101&tbnw=143&start=0&ndsp=14&ved=1t:429,r:12,s:0,i:107

B0083560_1653571 夏を越して秋になると狭い場所に閉じ込めて運動できないようにし、消化しやすいよう柔らかく蒸したトウモロコシを漏斗で強制的に胃に詰め込む作業を毎日3回繰り返し、これを1ヶ月続けると肝臓が肥大して2kgもの脂肪肝になるのです。(画像:http://plaza.rakuten.co.jp/anticablog/diary/201206280001/

このように大量の飼料を無理矢理食べさせるのは動物虐待だとして愛護団体が猛烈な抗議やボイコット運動を展開。その結果、オーストリア、ドイツ、英国など欧州14ヶ国において強制給餌が法律で禁止されるとともに、かつてのフォアグラ生産国のイスラエルでもフォアグラの生産が禁止されるに至っています。さらに米国カリフォルニア州では、強制給餌とフォアグラの販売の禁止を本年7月から実施しています。また、欧米のスーパーや航空会社ではフォアグラの販売禁止や機内食からのフォアグラの追放を行うところが増えています。一方、こうした世界的な趨勢にあらがうかのように、フランスではフォアグラは文化遺産の一つであって保護されるべきとの国会決議が2005年になされていますし、ハンガリーでも食の伝統文化であるフォアグラの保護と財政支援などを行う法案づくりの動きが進んでいるそうです。

このように賛否が分かれるグルメ食材のフォアグラですが、その美味しさの魅力に負けて食べ過ぎてしまうと、ご自分の肝臓がフォアグラ状態になりますので呉々もご用心、ご用心。

甲斐 晶(エッセイスト)

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アイゼナハ

Imagedisplay 今からかれこれ20年ほど前、ウィーンに勤務していた頃のことです。イースターの休暇を利用して、当時はまだ東独に属していたアイゼナハ(アイゼナハ)を車で家族ともども訪れたことがあります。歴史上重要な出来事の舞台となり、また、複数の音楽家にゆかりの場所でもあったこの地に機会があれば行ってみたいと常々願っていました。(画像:http://jp.hotels.com/ho127276/shutaigenberuga-hoteru-turinga-hofu-aizenaha-doitsu/#maps

 ウィーンから陸路東独に入るには、西独経由かチェコ・スロバキLrg_13677500 ア経由のいずれかによりますが、当時の国境検問の厳しさから、前者を選びました。ウィーンからまず北西に進み、パッサウから西独のバイエルン州に入って、共産圏との国境線を迂回しつつヘッセン州内の森に囲まれた自動車道を進み、アイゼナハと国境を接する西独の小さな町で宿を取りました。背後にテューリンゲンの森が広がる田舎町です。りんごジュースの炭酸水割りをウィーンではApfelsaft gespritztと言うのですがhttp://servus.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-db5e.html、さすがにここまで来ると全く通じませんでした。(画像:http://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/eisenach/travelogue/10232656/

Lrg_13677570 翌朝、国境を越えてアイゼナハへ。まず目指したのは音楽の父、J・Sバッハの記念館でした。彼は1685年にこの地で生まれ、少年期を15歳まで過ごしたのです。ここは彼の生家ではありませんがバッハ一族の住まいとされ、彼の生涯や作品に関する展示、当時の生活の様子を偲ばせる様々な家財道具とともに古楽器の見事なコレクションがありました。別室で古楽器によるミニ・コンサートが始まるから是非聴いて行くようにと強く勧められたのですが、子供連れだったこともあって断念してしまったのが今となっては悔やまれます。(画像:同上)

Lrg_15615101 次に目指したのは、郊外の小高い丘の上にあるヴァルトブルグ城。1999年に世界遺産への登録を果たしたことからも分かるように、大変由緒あるお城でその歴史は1067年にまで遡ります。テューリンゲン伯であったルードヴィヒ跳躍伯が山頂を見て、「待て(wart)汝我が城(burg)となれ」と言って築城を命じたのがその由来とされ、以来、200年以上にも渡ってその一族が神聖ローマ帝国内で最も影響力のある方伯(Landgraf)の一人としてこの地を治めたのです。(画像:http://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/eisenach/travelogue/10318978/

Lrg_13677520 お城の入り口でオーディオ・ガイドを借りましたが、何と日本語。共産圏の片田舎のお城で何故と思わされましたが、ワグネリアンにとってここはバイロイトと並ぶ「聖地」なので日本からの観光客が多いからなのでしょう。実は13世紀初頭ヘルマン1世の治世にこの城の「歌人の間」でミンネジンガー(吟遊詩人)による歌合戦が行われたとされ、これを題材にワーグナーが楽劇「タンホイザー」を作っているのです。(画像:http://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/eisenach/travelogue/10232656/

Rosenwunderaf597 タンホイザーには、彼を純愛するヘルマン1世の姪エリザベートが登場しますが、そのモチーフになったと思われるのは、4歳でこの地に連れて来られ1221年にルートヴィヒ4世と結婚したハンガリー王女エリザベ-トです。彼女は、結婚して間もなく貧しい人や病人を助け始めましたが、夫が十字軍従軍中に病死すると城から追われます。結局マールブルグに移り住み、そこで財産を寄進して病院を建て、貧しい人や病人に尽くしましたが、弱冠24歳で夭折。その墓で多くの奇跡が起こったことから聖人に叙せられました。城内には、彼女の生涯をフレスコ画に描いた部屋があります。(画像:http://tommy-music.blog.so-net.ne.jp/2012-04-02

Lrg_17460812 このお城を訪ねた最大の目的は宗教改革者ルターにゆかりの部屋を見ることでした。1521年5月、異端宣告された彼をこの城に匿ったのはザクセン選帝候フリードリッヒ3世で、この間にルターは聖書をドイツ語に翻訳したのです。板張りのとても粗末な部屋で陶器製の暖炉があり、木の机と椅子だけが置かれ、中央に初のドイツ語訳聖書がガラスケース入りで展示されていました。翻訳中に現れた悪魔に投げつけたインク瓶が割れて出来たという壁の染みが今でも残っています。観光客が記念に板壁を削って持ち帰るのでしょう。ガラスで全面が保護されていたのがとても印象的でした。(画像:http://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/eisenach/travelogue/10394858/

アイゼナハと聞いて、オッフェンバッハのホフマン物語を思い浮かべた方は、余程のオペラ通です。冒頭、彼が登場して最初に唱う軽妙なバラードが「昔、アイゼナハの宮廷に」なのです。

甲斐晶(エッセイスト)

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ウィーンのドイツ語

 ドイツ語は、ドイツやオーストリアの国語であるばかりでなく、スイス、リヒテンシュタイン及びルクセンブルグにおいて公用語として用いられています。しかしながら、それぞれの地域で独自の発展を遂げて来ていることから、微妙な相違が見られます。Shaw_5

  「英国と米国は共通の言語で隔てられた二つの国である。」とは、劇作家バーナード・ショーの有名な言葉です。英語と米語ほどの相違は無いにしても、ドイツのドイツ語とウィーン(オーストリア)のドイツ語では、用語や発音などが大きく異なる点があり、これを知らずにいて戸惑うことも多々あります。(画像:http://manierafiorista.blog67.fc2.com/blog-entry-132.html

 

 Fisolen_imagelarge_3 ある時、ウィーンから車でミュンヘンを訪れた際の出来事です。物の本によれば「標準語」のドイツ語は、Hochdeutschと呼ばれるドイツ中・南部地方の言葉であって、ミュンヘンのあるバイエルン地方やオーストリアのドイツ語は同じ「バイエルン・オーストリア方言」に属するとされています。 そこで、八百屋でインゲン豆を買おうとして、いつもウィーンで使っている「Fisolen」を下さいと言うのですが、お店の人は、ぽかんとしています。後で分かったのですが、正統的なドイツ語では「grüne Bohnen」と言うのです。通じなかった訳です。(画像:http://www.bio-austria.at/layout/set/popup/media/images/fisolen

 ことほど左様に、食べ物関係の用語の多くがウィーンのドイツ語と標準ドイツ語では全く違った単語を用います。例えばErdapfel(ジャガイモ)はKartoffelのことですし、Karfiol(カリフラワー)はBlumenkohlMarille(あんず)はAprikoseParadeiser(トマト)はTomatenと言った具合です。

 Rimg0029_3 新酒のワインを飲ませる居酒屋のことをウィーンではHeurigerと言います。これは、「今年」を意味する副詞「heuer」(dieses Jahr)から派生した言葉で、標準ドイツ語なら「Buschenschank」と言うところでしょう。(ちなみに、新ジャガのことも「Heurige」(diesjährige Kartoffel)と言います。)この居酒屋での用語にも、ウィーン独特の表現が見られます。ウィーンも一応、几帳面とされるドイツ文化圏に属するところから、Heurigerのワイングラスの口元には、必ず横方向に白線の目盛りが入っていて、ちゃんと8分の1リットル(125cc)の分量があることの目安となっています。そこで、ワインを注文する際、本来はAchtelliter8分の1リットルと言うべきところを、ウィーンの居酒屋ではAchterlと言わなければなりません。4分の1リットルのジョッキなら、Vierterlとなります。(画像:http://motoobeyond.blogspot.co.at/2010/05/blog-post_07.html

また、ウィーン独特の風習として新酒のワインを炭酸水で割って飲みますが、これを「gespritzt」と称します。標準ドイツ語には無い表現で、ちゃんと言おうとすると「Wein mit Mineralwasser」とでもなりましょうか。りんごジュースなども炭酸割とするのが普通で、甘味が控えめとなり炭酸のピリピリ感もあって、個人的には大好きです。この場合には、「Apfelsaft gespritztと言って注文します。

日常の挨拶では、「Guten MorgenGuten TagGuten Abend」と時間によって使い分けるところを、「Grüß Gott」ひとつで済ませてしまいます。一方、別れ際には正統的な「Auf Wiedersehen」の代わりに、「Servus」と言ったりします。これは、出会った際の挨拶でもあります。

発音においても相違が見られます。例えば、あなた(Sie)は本来ならジィー(有声音)ですが、オーストリアでは、無声音のシィーとなります。従って6(sechs)を英語のsexと同じように発音するので、初めはちょっと戸惑います。他の有声音(b/d/g/w)もウィーンでは無声音(p/t/k/v)のように聞こえます。

Imagescalwfdzj_4 また、オーストリアのドイツ語は独特の抑揚があり、歯切れの良い標準ドイツ語に対して、どことなく関西弁や物憂げな米国の南部なまり(元米国大統領のカーター及びクリントン両氏の英語が典型)のように感じます。試しにオーストリア国営放送(ORFhttp://radio.orf.at/)を生で聴いてみて下さい。(画像:http://bar.wikipedia.org/wiki/Datei:ORF_logo.svg

甲斐 晶(エッセイスト)

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