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ウィーンの森の嫌われ者

 1244478808919東京の23区もの広さがあるウィーンの森は、ウィーン子達の憩いの場として大いに親しまれています。季節を問わず、休日ともなると、四通八達した小径を散歩する市民で賑わいます。しかし、春先や秋口にウィーンの森でハイキングを楽しもうとするなら、この森に棲む真ダニ(Zecken)に注意が必要です。これに咬まれると脳炎などを発症する可能性があるからで十分な対策を要します。

S_zecken_map オーストリアのみならず、近隣のドイツ、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、さらにはポーランド、バルト3国などの中・東欧諸国では、森や草むらの真ダニがウイルス性脳炎を媒介しており、これに感染する恐れがあるのです。この脳炎には効果的な治療法が無く、罹患すると麻痺が残ったり、場合によっては命を落としたりすることがあります。幸いにして極めて効果的なワクチンがあるので、事前に予防接種を受けることと、ダニに咬まれないなどの対策が有効です。

ダニ媒介性の脳炎は日本脳炎と同じフラビウイルス属のウイルスによって引き起こされますが、日本脳炎と違って蚊ではなく真ダニがウイルスを媒介します。また、ヤギも感受性を有し、乳腺中で増殖したウイルスが乳汁中に移行し、これを生で飲用して罹患する例もあります。Fsme_h3

世界のダニ媒介性脳炎の患者は、毎年6000人の発生が報告され、多い年には1万人前後の感染が報告されています。主なものには、ロシア春夏脳炎や中部ヨーロッパ脳炎(初夏髄膜脳炎[FMSE]とも称される)などがあり、後者が中・東欧諸国に分布します。ロシア春夏脳炎は我が国でも10年ほど前に北海道で罹患例が報告されて、道南地域のイヌにウイルスの分布が判明しました。

IAEA職員に採用されると採用研修の一環として、オーストリアでの生活上必要な医療知識を学び、必ずFMSEのことも触れられます。私の時には、講師のインド人医師が、問題のウイルスは、日本脳炎が起源でロシアを経由して中・東欧に伝来したと言っていましたが、その真偽のほどはDNAを調べればすぐに分かることでしょう。Iv122_links

FMSEに罹患すると7~14日の潜伏期を経て、二期にわたる症状を呈します。第一期はインフルエンザのような発熱、頭痛、筋肉痛が1週間程度続き(約半数では第一期が認められない場合がある)、解熱後2~3日間で症状が消えて、第二期に移行。脳炎、髄膜脳炎、髄膜炎の形を取って、痙攣、眩暈、知覚異常などの中枢神経系症状を呈します。麻痺が3~23%で認められ死亡率は1~5%とされています。3560%の頻度で知覚障害、平衡感覚障害、難聴などの後遺症が残り、運動麻痺で車椅子生活を余儀なくされる場合もあります。

さて予防策ですが、まずはFMSEワクチンの接種です。2~4週間間隔で2回接種し、1年後に3回目の追加接種を行います。これで基礎免疫が獲得され(免疫効果99.6%と言われている)、最低3年間の持続効果があるので、以降は3年ごとに追加接種をすることになります。

50390_m3w468h320q75v50006 ただし、全ての真ダニがウイルスを有するわけではなく(10005000匹に1匹と言われている)、また、ウイルスに感染した場合でも30%程度の発症率ですから、FMSEの汚染地域で真ダニに咬まれてもパニックの必要はありません。真ダニは人の体に移ると、頭や首、肩、脇の下など血管が集まっていて皮膚の薄いところを狙って血を吸います。私の秘書の場合も咬まれたことに全く気付かず、シャワーを浴びていて初めて脇の下を咬まれていることを発見。慌てて除去したそうです。

Zeckweg 真ダニに咬まれたら、反時計回しにネジって除去するのが肝要で、呉々も無理に引きちぎって頭部が皮膚内に残らないようにと(肉腫を引き起こすとか)巷間では言われており、専用の除去ピンセットが市販されています。

日本人でこのFMSE にオーストリアで罹患し、命を落とした例も報告されています。2001年6月にオーストリアに住む娘さんを訪ねた61歳の日本人男性が田舎でダニに咬まれ、髄膜炎による四肢麻痺、意識障害を生じ、右大脳半球の出血にて死亡しました。真ダニは決して侮れないのです。

甲斐 晶 (エッセイスト

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