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2009年11月

最後の晩餐

382pxleonardo_self イエス・キリストが十字架に架かる前の晩に行った弟子たちとの「最後の晩餐」のシーンは、古今の多くの画家によって取り上げられて来たモチーフですが、中でも傑作として有名なのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品でしょう。

 ミラノのサンタ・マリア・デレ・グラツィェ修道院の食堂の壁に描かれたこの名画を初めて見たのは、今から約30年前のことでした。家族でローマ、ピサ、フィレンツェ、ヴェニスと飛行機で回った時に、ミラノで乗り換え時間が3時間ほど出来ました。急いで空港から市内まで往復して見てきましたが、Santamariadellegrazie当時、大修復作業の真っ最中で、絵の一部に布や櫓が掛けられていて全体を見ることができませんでした。ところが数年前、修復後の甦った名画を見る機会に恵まれました。

  ダ・ヴィンチは、時間を掛けてじっくり描くために伝統的なフレスコ画の手法(漆喰の乾かないうちに手短に描く必要がある)を捨てて、テンペラ画の手法をとりました。そのため、絵の完成した1498年の20年後には既に湿気、カビなどが原因で絵が傷み始めていたとの記録が残っています。

 その後さらに痛みが進み、この名画を保存しようとこれまでに何度と無く修復の手が加えられました。原画を油絵と勘違いして保存のために油絵の具やニスが上塗りされたり、原画を再現しようと油絵の具で破損部分が加筆されたりしました。

1979年から20年を掛けて行われた一番最近の修復作業では、顕微鏡、赤外線写真、レーダー、ソナーなどの現代技術を駆使することによって、ダ・ヴィンチの原画の絵の具の成分分析ができ、上塗りされた絵の具との区別が可能となりました。上塗りされた絵の具が剥げ落ちる際に、原画の絵の具も一緒に剥離させることも分かりました。

C0094808_19271186 そこで、今回の修復では、カビや埃だけでなく、上塗りされた絵の具も顕微鏡的な細心の注意を払いつつ除去する作業が続きました。1日わずか切手の大きさしか修復出来ないことがしばしばだったそうです。従来あった原画の部分を当初の色に加筆する一方、劣化して空白になった部分には、あえて手を加えなかったため、今回の修復後の絵は、完全な原画の再現ではなく、痛んだ部分はそのままに仕上がりました。しかしながら、原画の持つ迫力が見事に再現されています。 

まず気づくのは、12弟子がキリストを中心に3人ずつ4つのグループに配されていることです。しかも従来の古典画家の手法のように、テーブルの周りを囲んで配する(こうするとどうしても後ろ姿の弟子が出てきます)のではなく、個々の弟子の表情や仕草が生き生きと描けるようにと、テーブルの片側に全員を配しています。

 その結果、「あなた方の内の一人が私を裏切る」とのイエスの宣告に、一体自分たちの内の誰なのだろうと、水面を行く波紋のように弟子たちの間に伝搬する驚きの様子が見事に描き出されていて、見るものを大いに魅了します。

 Image1 どれが誰かを想像するのも興味深く、イエスの傍にいたとされるヨハネ、彼に「誰なのかイエスに聴け。」と迫る年輩者ペテロの両人は直ぐに判ります。ユダは、この3人の近くにいて、イエスの言葉にぎくりとした様子が描かれています。心なしか貧相な面容なのは、私の思い入れでしょうか。

 ダ・ヴィンチは、他の弟子たちも見て直ぐ判るように描いたとしているのですが、残念ながら、誰が誰やら見分けがつきません。展示室の外にある売店で解説書を見てようやく判断できました。

この絵は、キリストのこめかみを消失点とする透視法で描かれており、あたかも壁画の描かれた食堂の奥に更に空間が広がっているような見事な錯覚を与えています。

さて、最後に鑑賞上のアドバイスです。この名作を見るには、予約が必要です。見学者は、25人ずつ食堂に入場させられ、15分間の鑑賞が許されます。多くの人は、貸し出し用の音声ガイドを耳にしていますが、そうしたサービスを知らないで入場した私の場合、5分も経てばもう十分で、時間を持てあまし気味でした。ですから、くれぐれも入り口で、音声ガイドの借用をお忘れ無く。

甲斐 晶(エッセイスト)

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日本の心を伝える

10060004741_s_2 グレッグ・アーウィンという米国人歌手をご存じでしょうか。彼は、日本の唱歌や童謡の魅力に惹かれ、これらに描かれている日本の心を世界に伝えたいと願い、日本語の原詞を英訳するとともにこれらを自ら歌ったCDを出すばかりか、色々な機会に演奏を行って数々の賞を受けています。

これまでに2冊のCD本「英語で歌う日本のうた」がジャパン・タイムズ社から出され、「さくらさくら」、「花」、「早春賦」、「仰げば尊し」、「竹田の子守歌」「椰子の実」、「かあさんの歌」など全部で16曲を収録しています。本の体裁は、まず、それぞれの歌にふさわしい大変美しい写真が見開きで掲載され、次いで左の頁に原詞、右の頁に英訳の歌詞が載っています。さらに巻末には、それぞれの歌についての解説があって、日本独特の風物、風俗、習慣、考え方、自然観などの紹介や訳出に苦労した点の披露がなされています。それぞれの曲は、軽快なアップビートのポップ調に編曲されていて、楽しいものに仕上がっています。9784270002018_1l_2

そもそも翻訳とは、単なる言語の置き換えで済むものではなく、文化・習慣の相違の翻案も必要です。加えて、英語の歌詞の場合には、歌い易さや韻にも配慮しなければなりません。

英語に訳された歌詞を見ていると、その辺の苦労が伝わって参ります。日本語の歌詞では、一音符一音節ですが、英語では、一音符に一単語を充てることが可能です。したがって、英語では、同一数の音節に対して日本語の原詞よりも長い文章にする必要が出てきます。ですから、原詞にない内容を補充して訳出しています。「花」の英訳では、原詞に無い恋人たちが隅田川の川岸に現れます。Akatonbo_03_ll_2

また、日本語には単数、複数の概念がありません。ところが英語では、これを明確にしなくてはなりません。「赤とんぼ」の日本語の歌詞のイメージでは、竿の先に止まっていることから、一匹の赤とんぼと思われるのですが、これが英訳では複数。とても一つの竿の先には、止まれません。したがって、この部分は訳出されていません。

Gentaikenkoramu42nanatunoko1_2 同様の問題が、「7つの子」の解釈です。お母さんカラスが鳴くのは、山の古巣に可愛い眼の7つの子がいるからという趣旨の歌詞なのですが、これを英訳では、「子ガラスが7羽」としています。果たしてそうでしょうか。これは、「7歳の子」ガラスと言う意味ではないでしょうか。日本語では、カラスは7つではなく、7羽と勘定するのです。ただし、人間ならまだしも、7歳になっても親から自立しない子ガラスでは、困りものです。きっと原詞に無理があるのでしょう。なお、原詞で、可愛いと鳴くのは、お母さんカラスですが、英訳では子ガラスに「Caw」と鳴かせています。

P1000846_2 日本語の歌詞を直訳するととんでもない内容になる歌もあります。「夏の思い出」で、尾瀬の水芭蕉を歌っていますが、この植物の英名は、何と「スカンク・キャベツ」。これが臭ってくるのでは、歌のイメージは台無しで、コメディ・ソングです。

ともあれ、いずれも良くできた英訳で、特に、「故郷」は、秀逸で、読んでいてじんと来ます。Furusatonousagi

Back in the mountains I knew as a child

Fish filled the rivers and rabbits ran wild

Memories, I carry these

Wherever I may roam

I hear it calling me, my country home

Mother and Father, how I miss you now

How are my friends

I lost touch with somehow?

When the rain falls or the wind blows

I feel so alone

I hear it calling me, my country home

I’ve got this dream and it keeps me awayWyominggrandtetonnationalpark_2

When it comes true

I’m going back there someday

Crystal

waters, mighty mountains

Blue as emerald stone

I hear it calling me, my country home

ただし、訳詞のイメージは日本のような山紫水明、箱庭のような景色ではなく、ロッキーの雄大な山並みを想像してしまうのではないでしょうか。

甲斐 晶(エッセイスト)

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