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2009年8月

シェーンブルン動物園の人気者

 ユネスコの世界文化遺産にも指定されているAut04 シェーンブルン宮殿は、ウィーンに行かれた方ならきっと訪れたことがおありでしょう。ハプスブルク家の夏の離宮として、ヴェルサイユを模して造られたこの宮殿に入った見学者は、マリア・テレジアとその子供達が暮らした部屋、東洋趣味の漆の間や陶器の間、モーツァルトが御前演奏をした部屋、ウィーンを占領したナポレオンゆかりの部屋、皇帝フランツ=ヨーゼフや皇妃エリザベートが生活した部屋、華やかな舞踏会などが開かれた大広間<鏡の間>、ハプスブルグ朝最後の皇帝カール1世が退位宣言に署名した部屋などを見て回ります。現在、1441室のうち約40室が一般に公開されていますが、残りは、公務員宿舎などとして今でも使われているとか。私の知人にも何人かがこの宮殿の一角を借りて住んだことがあります。

同宮殿の庭は、公園として一般市民に開放されており、また、その一部には、馬車博物館、温室植物園、日本庭園などが設けられているほか、動物園もあって、市民の人気を集めています。

このシェーンブルン動物園は、世界最初の動物園として歴史が古く、女帝マリア・テレジアの夫君がオランダ人宮廷造園師フォン・シュテックホーフェンらに命じて造らせ、1752年7月31日に完成し、昨年、開園250周年を迎えたばかりです。

 357pxgiraffecloseupheadウィーンに住んでいた頃、戸外に出ることが制限されがちな長い冬には、我が家でも子供たちの溜まったエネルギーの発散にと、しばしば訪ねてみました。こんな極寒の地に良くもまあ熱帯の動物たちを集めたものと、象やキリンやカバに同情して見たり、鷲などの猛禽類に生きたウサギを餌として与えている発想の凄さ(日本でなら、情操教育上悪影響があると非難ごうごうのことでしょう)に驚いたり、防寒のため密閉空間で飼育されていることから猛烈な動物たちの排泄物などの臭いに閉口したことなどが思い起こされます。

 この動物園には、その長い歴史の中で、色々な珍しい動物たちがやって来ました。1828年には、キリンが初めてウィーンにお目見えし、この出来事が当時のウィーンのファッションや社会に大きな影響を与えたと言います。すなわち、多くの衣料品や宝飾品などの日用品に「ア・ラ・ジラーフ(キリン風)」 の名称が付けられ、大衆に大受けだったようです。「何でもキリン風」と題する演劇まで大成功だったとか。

 312231つい最近まで人気の中心は、オランウータンのNonjaでした。1976年ウィーン生まれの雌で、飼育係に育てられたせいか、人間を余り怖がりません。その特技は、何とお絵描き。彼女の集中力は、当初8分程度だったのが今や2060分にも増大。具象画ではなく、筆に絵の具を付け、画面をピチャピチャやって描く抽象画しか出来ませんが、そのなかなかの色遣いに感心させられます。数年前にロスアンジェルスのホテルで彼女の作品のオークションが行われたりしました。20万円もの高値が付くものもあるようです。売却利益は、オランウータンの保護に用いられています。

 Panda01 さて、現在、シェーンブルン動物園の人気をさらっているのは、20033月にお目見えした2頭のパンダ、雌の「ヤンヤン」と雄の「ロンフイ」です。公開直後の日曜日には、25千人もの入場者が押しかけるほどでした。

パンダは、中国国内にももはや1000頭ほどしか生息していない希少動物のため、最近中国は以前のように親善友好の印にパンダを相手国に贈与することは、中止しています。シェーンブルンの2頭も学術研究用に10年間の期限付きで貸与されたもので、ねらいは貸与期間中に繁殖研究を成功させ、2世の誕生を図ることにあるようです。Panda3_big

さて、ちゃんとした中国名のあるこの2頭に、地元のラジオ局がウィーンらしい愛称を募集しました。その結果、6595通の応募の中から選ばれたのが、「シッシィ」と「フランツル」。ご存知のように、これは、悲劇の皇妃エリザベートとその夫君皇帝フランツ=ヨーゼフの愛称なのですが、ご両人の夫婦関係が冷たいものだったことを思うと、2世パンダ誕生計画の方は大丈夫かと危ぶまれましたが、2007年8月に富龍(フーロン)が無事誕生しました。

甲斐 晶(エッセイスト)

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プラナリア殲滅作戦

 Suisou 世には色々な趣味がありますが、老若男女に広く愛好されているものもあれば、男女どちらかに片寄っているものもあります。「趣味の王様、王様の趣味」と称される切手蒐集は、前者に属するものでしょうが、宝塚歌劇の鑑賞では、観客は圧倒的に女性が主体で男性は遠慮がちに出かけています。また、観賞魚の飼育の場合には、専門店に出入りするお客は男性ばかりが目立つようです。

 Biroro1職場などで熱帯魚の話題が出た際に、目を輝かしながら苦労話などを披露するのは、必ずおじさん達です。我が家でも水槽に緋メダカを飼っていましたが、その世話を熱心にするのはもっぱら私の方でした。 以前、アフリカ・ツメガエルを飼っていたところ元気が無くなり、延命措置には生餌が良いと言われて導入した緋メダカでしたが、肝心のカエルのほうは薬石効無くご臨終。今や緋メダカが水槽を占有している次第については、いつかお話ししたことがありますアフリカ・ツメガエル後日談。水草に親が卵を産みつけ、これを飼育室に移し変え、そこから約3週間ほどで小さな稚魚が孵化し、これを大きく育てる喜びは、体験した者しか味わえない喜びです。119351765_1

しかし苦労も付き物です。病気で緋メダカが全滅したり、水質の影響でコケが生えたり、知らない間に巻貝(スネール)が外部から侵入して駆除に手を焼くといった具合です。巻貝は、買ってきた水草に付着して入ってくるようで、その繁殖力たるや凄まじく、うっかりしているとすぐGaityuu1水槽全体に蔓延してしまいます。ただし、コケを食べて呉れるお陰で水槽のガラス面がきれいに保てる効用もあり、気にさえしなければ良いのでしょう。

さて、ある時、水槽内にこれまで見かけたことの無い、ベージュ色をした細長い生き物(体長約1cm)が現れました。頭部は菱形で、ルーペで良く見ると、Planarian72かわいい二つの目があります。水面を器用に裏返しになってすいすい泳いだいり、ガラス面を這い回っています。ところが、これまたやたらと増えるので、困りものなのです。しかも、味が悪いのか、緋メダカは見向きもしません。

その正体や如何にと、ネット上での探求の旅が始まりました。20090222151601確か中学校の生物の授業で習ったようだったとのかすかな記憶を頼りに、単細胞生物では無いか、原生動物では無いかと検索。ついに執念が実ってプラナリアであることが判明しました。例の、体を二つに切断しても、頭部からは尻尾が、尻尾のほうからは頭が再生する生物です。

プラナリアは厄介な代物で、単体生殖と分裂の両方で増殖するため、あっと言う間に水槽全体に蔓延するのです。かわいい顔つきの一方、その繁殖力たるや不気味な存在です。しかし、蓼食う虫も好き好き。プラナリア愛好家のサイトではその生態や飼育法(放っておいてもいくらでも増えるように思えるのですが)が嬉々として語られます。

さて、我が家ではプラナリア殲滅作戦の開始です。敵は、数が多い上に体が小さく、指では捕まえられません。最善策は、水槽のリセット(全取替え)だそうで、それほど、一度プラナリアに侵入された水槽の原状完全復帰は困難なのです。

Fullturkeybaster ともかく、一匹一匹、駆除するしかありません。こちらの兵器は、ローストターキー用の巨大スポイト。見つけ次第吸い取る作戦ですが、一進一退の繰り返しです。というのは、奴らはフィルター内にも進入し、こちらの目の届かないところで増殖するので、厄介至極なのです。一匹でも目残しにすると、すぐ増え、また最初からやり直しです。

Eyes0901 プラナリア対策を記したサイトで銅イオンが効果があると知り、今度は5円玉を水槽内に投下。物理作戦に加え、化学兵器の導入です。この他、実際には試みませんでしたが、鶏のレバーを餌にするトラップ作戦もあるようです。(まるで昔の米軍とベトコンとの闘いを髣髴させます。)苦労の末、最後の一匹まで駆除したのですが、惜しいことにこれを見逃してしまいました。その後、長期出張に出かけ、作戦中断。ひどい事に成っているだろうと思いながら、帰国してみると、何と敵は殲滅されていました。化学兵器が効いたようです。

さて、完全制圧宣言をしたものの、一抹の寂しさを覚えたのは何だったのでしょうか。

甲斐 晶(エッセイスト)

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