にわか身障者
ある朝、通勤途上のことです。いつものように途中駅始発の電車に乗り換えようと、それまで乗って来た電車を降り、ホームの向こう側の始発電車を目掛けて走り出した途端、左足のふくらはぎを何か角のある硬い物体で殴られたか、後ろから空手チョップでも浴びたような激痛が走りました。
思わず後ろを振り返ると、学生鞄を手にした高校生がきょとんとした顔でいます。極めて純真そうで、とてもそんなことをやりそうな悪意は感じられません。狐につままれた感じでしたが、兎に角、始発電車の座席に腰掛けました。そのまま終点の駅まで座っていましたので、ふくらはぎに違和感はあったものの特段の痛みは感じず、そのうちに収まるだろうと呑気に考えていました。
ところが終点の駅で立ち上がろうとして、左足の余りの痛みに、全く歩行出来なくなってしまいました。それでも、職場の最寄駅まで何とか辿り着き、タクシーを飛ばしながら、さる総合病院に駆けつけました。受付で事情を話すと、肉離れだろうということになり、即座に車椅子姿にさせられました。にわか身障者の出来上がりです。
医者からギプスをすると宣告されました。その3週間後に外国出張を控えていたので、それまでに完治するのか心配でしたが、多分大丈夫だろうということで、その指示に従いました。
ギプスをした途端、歩行には、松葉杖が必要となります。早速、リハビリ室で松葉杖を使い、平坦なところの歩行に始まって、階段の上り下りの訓練を受けました。実際にやってみて分ったのですが、階段を上るよりも、下りるほうが遥かに難しく、松葉杖による体重移動にコツが要ります。
医者の話では、通勤途上で肉離れを起こすことは良くあって、その日も私が2人目だった由。起き立てでまだ筋肉が硬いままだからのようです。
物の本によれば、「肉離れ」とは、筋肉に過度の緊張がかかり、筋肉の繊維や更にそれを取り巻く筋膜に断裂が生じたもので、筋の遠心性の収縮(筋肉が収縮している際に引き伸ばされること)の際に生じやすいようです。肉離れへの対応は、打撲と同じく、RICE療法、すなわち、Rest(安静にする)、Icing(冷やす)、Compression(テーピングなどでの固定)、Elevation(受傷部を高い位置に保つ)の4つが有効とされています。足に肉離れを起こした時は、無理に歩くのは禁物なのですが、それを素人判断で無理矢理ストレッチングをしてしまい、一層悪化させてしまった知人の例があります。ストレッチングは、むしろ肉離れを起こす前に、予防としてやっておくべき事なのです。
肉離れはクセになるようで、私の同僚は、同じ所を3回もやったそうです。それは、途中で切断された筋肉繊維は2度と元には戻らないからなのです。元に戻ったように見えても、筋肉と筋肉の間に入り込んだ血の塊(血芽)によって繋がれているだけで、筋肉繊維と比較すると非常に弱く、何らかの衝撃で簡単に肉離れが再発するのです。
幸い3週間後には、無事ギプスも取れ、杖をつきながらでしたが、外国出張に出かけることが出来ました。その間、にわか身障者として色々な体験をしました。まず、松葉杖や車椅子姿でいると、人々が親切にしてくれます。若い女性が電車内で座席を譲ってくれ、その後小1時間も立ち続けていたのには、いたく感激。未だ日本人の人情は、廃れていないなとの感を強めました。
一方、次第に整備されつつあるとは言え、日本では公共施設がまだまだ身障者、特に車椅子の方々にとってバリヤフリーにはなっていないと実感しました。駅では、上りのエスカレーターは有っても下り用がほとんど無く、また、エレベータが設置されていても、不便なところにあったり、表示が不十分で、苦労して探し回ったりしました。
ところが、先の外国出張途上のフランクフルトでは、乗り換えの便宜に6人乗りの大型電動カートを用意していて呉れました。通関手続きに始まってエレベータでの階の移動に至るまで、カートに乗ったままゲートからゲートに支障なく乗り換えが出来ました。初めからバリヤフリーの設計となっているところに大いに感心させられました。
甲斐 晶(エッセイスト)
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