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2009年3月

ニワトリが道を渡ったわけ

 Run701482 ニワトリは、なぜ道を渡ったのか(Why did the chicken cross the road?)との命題に、古今東西の著名人達ならきっとこう答えるに違いないとの、機知に富んだ回答を集めたものがある時知人からメールで送られてきました。どれも、この人ならそんなことを言いそうなものばかりで、大いに笑えますが、その一方で、英語のジョークなのでそれぞれの人物のひととなりなど、欧米の事物に通じていないと、本当のおかしさが分らないものもあります。以下に、そのさわりをご披露しましょう。Mlk

  まずは、公民権運動の指導者、キング牧師の場合:I envision a world where all chickens will be free to cross roads without having their motives called into question. (私は、どんなニワトリも動機を問われることなく、自由に道路の横断ができる社会の到来を夢見る。) 黒人が白人と全く同じ権利を享受できる社会の実現ために運動したことを踏まえています。

  次は、アリストテレスです:It is the nature of chickens to cross the road.(ニワトリは、道を渡るもの。)真理を究める哲学者らしい言葉なのです。

  「資本論」の著者マルクスは、こう言います:It was a historical inevitability.(歴史的必然である。)共産主義を歴史的帰結であるとしたことに引っ掛けた発言となっています。Saddam

  イラクのフセイン大統領の場合は、どうでしょう:This was an unprovoked act of rebellion and we were quite justified in dropping 50 tons of nerve gas on it. (これは、意図的な反逆行為であり、これに我々が50トンの毒ガスを投下したのは、当然である。)

 深層心理のフロイトの場合は、こうです:The fact that you are at all concerned that the chicken crossed the road reveals your underlying sexual insecurity.(ニワトリが道を渡ったことが気になるのは、そもそも心の奥に性的不安があるからだ。)

 Kobayasi5 アインシュタインならこう言うかもしれません:Did the chicken really cross the road or did the road move beneath the chicken? (本当にニワトリが道を渡ったのか、それとも足元の道の方が動いたのか。) 相対性理論に立脚した発言なのです。

 マイクロソフト社ビル・ゲーツの場合は、どうでしょう:I have just released eChicken 2000, which will not only cross roads, but will lay eggs, file your important documents, and balance your checkbook and Internet Explorer is an inextricable part of eChicken.(eチキン2000の発売を開始しましたが、これは、道を渡るばかりでなく、卵を産み、皆様の重要書類をファイルし、会計処理もします。インターネット・エクスプローラは、eチキンと一体不可分です。) ソフトの抱き合わせ販売で独占禁止法違反の訴えを受けたことを念頭に置いたものです。

 Billclinton1 不倫疑惑を起こしたクリントン元大統領なら、こう言いかねません:I did not cross the road with THAT chicken. What do you mean by "chicken"? Could you define "chicken" please? (あのニワトリと道を渡ったことはない。「ニワトリ」って何のことを指しているんだい?その定義を言って欲しい。)

 記者会見が苦手とされているブッシュ前大統領の言葉です:I don't think I should have to answer that question. (その問いに答える必要は無いと思う。)

 名も無いおじいちゃんの場合:In my day, we didn't ask why the chicken crossed the road. Someone told us that the chicken crossed the road, and that was good enough for us. (わしらの時代には、誰もニワトリが道を渡った訳など詮索せんじゃった。誰かがニワトリが道を渡ったと言えば、それだけで充分じゃった。)

Jpn_osaka4_03 極めつけは、ケンタッキーフライドチキンの創始者、サンダース大佐の発言とされるものです:I missed one? (一羽でも逃したかね。)

実は、ウェブサイトを検索してみて分ったのですが、Why Did the Chicken Cross the Road?”(http://www.whydidthechickencrosstheroad.com/ という自称「公式」サイトがあり、そこには、コンピュータ関係、芸能人関係、歴史上の人物、宗教関係、政治関係、科学関係、テレビ関係、作家関係などのジャンル別に整理した上で、この手の発言が120以上も掲載されており、とても興味深いものです。また、楽しいゲームなどもあります。

甲斐 晶(エッセイスト)

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センメリング鉄道

 かけがえのない地球上の自然景観や先人の残した偉大な文化遺産を国家の枠を超えて保護し、次の世代に継承するために、様々な国の遺跡・文化財、自然環境がユネスコによって「世界遺産」として登録されています。20087月現在、878件(文化遺産679件、自然遺産174件、複合遺産25件)の物件が指定されています。

24034_hallstatt_197115 オーストリアでは、ザルツブルグ市歴史地区(1996)、シェーンブルン宮殿・庭園(1996)、ハルシュタット及びダッハシュタインのザルツカンマーグート文化的景観(1997)、センメリング鉄道(1998)、Graz_panorama_p グラーツ市歴史地区(1999)、ヴァッハウ渓谷文化的景観(2000)及びウィーン歴史地区(2001)の7件が、また、ハンガリーと連名でノイジードラー湖文化的景観(2001)が登録されています(数字149961d91be3354471b7814e2b6a72c5は、登録年)。このうち、 センメリング鉄道は、土木技術上の傑作として登録されている点で特色があります。

この鉄道は、ベニス生まれのカール・リッター・フォン・ゲーガ Ghega(Carl Ritter von Ghega [1802- 1860])によって1854年、6年の歳月を費やしながら世界初の山岳鉄道として完成しました。当時のオーストリア帝国内のウィーンからトリエステ(現在イタリア領)へ向かう鉄路の一部として設けられたものです。

Karte20mit20semmeringbahn ウィーンの南西約75kmの下オーストリア州グログニッツ(Gloggnitz)からシュタイヤマルク州ミュルツツーシュラーク(Mürzzuschlag)まで直線距離にしたら約21kmの区間なのですが、Semmeringbahnsemmeringniederoesterr 最大標高差が459mもあり、また、その途中海抜1000m近くの山岳地帯を縫って行かなければならないため、その総延長は、直線距離の2倍の約42kmとなっています。この間の地形的な難しさを克服するために、15の大きな高架橋(延べ約1.5km)を架け、16のトンネル(延べ約5.4km)を穿たねばなりませんでした。ゲーガは、原則としてこれら構築物の資材に鉄鋼を使用することを拒み、65百万個のレンガと8万枚の板石を用いたことから、「レンガ鉄道」となった次第です。

200643010135937814 高架橋の一部は、ローマ時代の水道橋のように、二重構造となっており、自然環境とも調和した美しい姿を残しています。ダイナマイトの発明される前で、日本では幕末に当る当時、鉄道土木技術の粋を集めて完成した世界初の山岳鉄道は、オーストリアの大きな誇りなのでしょう。センメリング鉄道がオーストリアの20シリング紙幣の意匠として用いられていたことがあります。表にはゲーガの肖像が、20064301014661445裏にはオーストリア・アルプスを背景に美しい景観の一部をなしている優美なカルテ・リンネの二重高架橋が描かれていました。

実は、明治初年にこのセンメリング鉄道を旅した日本人の一行があります。明治維新後の新たな国造りのため、欧米の近代的諸制度を調査する目的で派遣された岩倉具視を団長とする使節団が、187363日、イタリアからセンメリング鉄道経由でウィーン入りしたことがZz_046 「米欧回覧実記(四)」(久米邦武編、岩波文庫)に記されています。「山脚走リテ路ヲ塞ケハ、洞ヲ刳(エグリ)テ背後ニ出ル、臥龍ノ頷(ノド)ヲ探ルカト疑フ、己ニシテ両石対峙ノ谷ニ至レハ、高梁ヲ造リテ、双虎の踞ヲ超過ル」

と美文調で鉄道土木技術の粋を描写するとともに、「墺国ニイリテヨリ、鉄路ハ常ニ山険ヲ越エ、山水ノ奇甚タ多キ中ニ、殊ニ此「セメリンク」ノ景ハ、人目ヲ聳カシ、鉄路建設ノ壮ヲ極メタレハ、今日鉄路ノ勝ハ、此ヲ第一トナスヘシ」と最大級の賛辞をもって、自然景観と調和した鉄路建設の様子を記しています。M80_1

開設当初は、蒸気機関車によって2時間以上もかかって峠越えしていたセンメリング鉄道も、105年後の1959年には全線が電化され、現在では、40分余りで行くことが出来ます。その昔、峠越えに苦労したセンメリングは、モータリゼーションの進展の結果、ウィーンから小1時間の距離にあるスキー場になっています。

今やすっかり便利になりましたが、列車の車窓から眺める素晴らしい景色は、刻一刻変化して飽きることがなく、岩倉使節団の昔といささかも変ってはいないようです。

甲斐 晶(エッセイスト)

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