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たい焼き焼いた

 080319_part01_09 たい焼きに「天然物」と「養殖物」があるのをご存知でしょうか。これらは、「たい焼きの魚拓」という本を出された写真家宮嶋康彦氏の命名です。一世を風靡した「およげ!たいやきくん」に歌われているような、鉄板の上で焼いた大量生産のもの(これを氏は、「養殖物」と呼んでいます)ではなく、一匹ずつ焼いたのが「天然物」です。天然物は、職人がひとつひとつ丁寧に焼き上げるので、どうしても手間ひまが掛かり、非効率的で、いずれ滅び行く運命にあると、氏は断じています。

41hfd0z1fvl__ss400_ この本は、氏が20年ほどの歳月を掛けて全国を歩き、「絶滅寸前の『天然物』たい焼き37種」を収集したもので、それぞれの魚拓とともに、体長、体高、体重、値段、採取地、電話番号などのデータを収録。併せて、採取にまつわる逸話、主(あるじ)の人となりなどがエッセイ仕立てとなっており、読み物としても大いに楽しめます。

51243byd84l__ss400_ ある時、日光で釣りをし、釣果を魚拓に取っていた際に、たまたま食べずにいたたい焼きに気付き、面白半分にその魚拓を取ったのが採取の始まりだったとか。氏によれば、我が国で初めてたい焼きを魚拓に取ったのは、映画監督の山本嘉次郎氏1902~1974)ということになっています。

東京では、味の良さから「麻布十番・浪花家総本店、「四谷見附・わかば」、「人形町・柳屋」がたい焼きの「御三家」と言われていますが、さすがにこの本には、御三家全てが採録されています。

Im5408_anrutsu 「わかば」(新宿区若葉1-10)を絶賛したのは、寄席芸を好み、下町の人情を愛した「あんつる」こと安藤鶴夫氏(19081969)で、シッポにまでアンが入ったのを見つけ、「いまどき、こんな誠実な」と、いたく感激。読売新聞のコラムで取り上げた結果、「わかば」はすっかり有名になったのです。その包み紙には、「鯛焼のしっぽにはいつもあんこがあるように。それが世の中を明るくするように。」との氏の言葉が印刷されています。 

Rc_o05_yamakaji 安藤氏の見解に異を唱えたのが、「元祖」浪花家総本店を贔屓にし、食べ物エッセイを多く著した山本嘉次郎氏で、両者の間で有名なたい焼き論争が繰り広げられました。

この浪花家総本店(港区麻布十番1-8-14)の創業は、明治42年で、当主は4代目の神戸正守氏。初代が大阪から上京して今川焼きでも始めようとしましたが、丸い型では芸がないと庶民には高嶺の花である尾頭付きの鯛をモチーフにしたところ、大当たり。現在、7店ほどがのれん分けし、最近では佐久店ができました。また、「およげ!たいやきくん」のおじさんのモデルにもなった先代の守一氏は、山本嘉次郎氏の金婚式でコック帽と蝶ネクタイでたい焼きを披露したこともあり、以来、この姿で焼いているとは、宮嶋氏の本にある記述ですが、インターネット上の4代目当主はバンダナ姿。代替わりで伝統は失われたのでしょうか

 15769_yanagiya 一方、「柳屋」(中央区日本橋人形町2-11-3)は、店先で踊るようにどんどん焼き上げる職人さんの楽しいパフォーマンスが特徴です。これは、たいの焼き型1つが2㎏と重いので、体全体でバランスを取りながら支えようとして、自然発生的に生まれたようです。

 617m8yr56cl__ss400__2 収集された37種の「天然物」の魚拓を見ていると、それぞれに、豊かな個性と独特の表情があるのが分かります。美形のが有るかと思えば、使い込まれた焼き型のため、目や鱗のはっきりしないものもあります。通常よりも、ふた回りほど小粒のもの。尻尾をぴんと跳ね上げた威勢のいいものや普通の尻尾のもの。雌雄ペア(鱗の数が多く全体に丸っこい方がメス)もあれば、顔がムツゴロウ風のもあります。中味の餡がうぐいす餡や白餡の「亜種」も記載されています(最近では、カスタードクリームの「変種」も現れているようです)。

 所詮、たい焼きは、高級な和菓子では有りません。しかし、「天然物」のたい焼き、特に御三家のものは、たかがたい焼きと言ってはいけないようです。ひとつひとつが手焼きで、餡もじっくり時間を掛けて作り上げた上品な甘さ。実に、「たかがたい焼き、されどたい焼き」といった奥の深い世界なのです。

甲斐 晶(エッセイスト)

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