英語の氾濫
今や英語は、世界の共通語となりつつあります。特に、インターネットの発達・普及に伴って、日常生活においても、英語に依存せざるを得ない場面が益々拡大しています。
英語が意思疎通のための世界共通の言語としてその地位が高まるにつれ、ひと昔前には、国際会議において、頑なに自国語のフランス語以外は喋らなかったフランス人も、今ではちゃんと英語で発言するようになってきました。もっとも、当時は、フランス政府関係者は、仏英間の通訳が得られる場合には、自国語以外の言葉で発言することが禁じられていたとのことでした。従って、IAEAなどの専門家会合において、フランスからの出席者が1名いたために、通訳付で会合を運営せざるを得ないと言った不都合がしばしばあったものです。
一方、英語の普及に伴って、色々な母国語の人たちが英語を操るようになってきましたので色々な訛りの英語に習熟する必要が出てきました。日本人にとって、特に苦手なのは、インド人の訛りではないでしょうか。独特の抑揚に加えて、喉の奥からのこもったように発する英語には、てこずります。彼らは、英語の達人を自認していますので、なおさらで、話すスピードも立て板に水です。国際会議などで、プロの日本人通訳がインド訛りの英語に立ち往生する場面に遭遇したりします。
このほかにも、語尾がはっきりしなくなる傾向の中国人(香港や台湾の通関などで苦労した経験があります)、発音がなんとなくまろやかになるタイ人、「ザジズゼゾ」が全て澄んで「サシスセソ」になってしまうラテン系の人々の英語(フィリッピン人の英語もこの範疇です)にも慣れる必要があります。
もっとも、各国の多様な訛りの英語の使い手が登場し、これが一般化しつつあることで、日本語訛りの英語も、次第に市民権を得つつあります。日本人の場合、英語独特の強弱のリズムが出来ずに、ともすればフラットに成りがちです。また、rとlの区別が出来ず、thの発音がおぼつかないことは、良く知られていますが、意外にもiやwの発音も実は、上手くは無いのです。”world”という言葉を英語が母国語の人に言って、すぐ通じるようなら、あなたの英語のレベルは、相当なものです。
英語の特定の発音に苦労しているのは、何も日本人ばかりではありません。ドイツ人は、日本人と同様に”th”の発音が苦手なことに加え、ジャ、ジュ、ジョに相当する音がドイツ語に無いために、大いに苦労しています。ドイツ人がJapanを英語読みにする場合、ちゃんと<ジャパン>と言えないで、<チャパン>に近い発音になってしまうようです。<ジャ>という音をドイツ語で表記するのも一苦労で、ジャングルは、Dschungelと表記されます。
ドイツ語表記での”Ja”は、”ヤ”の音になってしまいます。”Ja”は、英語では”ヤ”ではなく、”ジャ”だと余りに強く意識しすぎたのか、マヨネーズと言うべきところをマジョネーズと言ってしまったドイツ語圏の友人が身近にいます。最近、和食ブームのウィーンで、鉄板焼きを、”Teppan-jaki”と表記していますが、くれぐれもこれを鉄板ジャキとは、読みませんように。
英語由来の言葉が外来語として多数日本語に入ってしまった結果、困ったことも起こっています。てっきり、英語とばかり思って、英語風に発音するのに相手に全く通じないということが、ままあります。ガーゼ(gauze)、ピンセット(tweezers)、ペンチ(pliers)、ナイター(night game)、レガーズ(leg guard)、ピエロ(clown)など枚挙に暇がありません。
明治時代には、先達たちが漢語への造詣を生かしながら、多くの外国語の訳語を苦労して案出してきました。社会、科学など、中国語に逆輸出された例もあります。しかし、現代では、目覚しい技術革新とこれに伴う技術導入の結果、英語をそのままカタカナ化して済ましてしまうことが当たり前になっています。この結果、外国人通訳が日本語をその国の言葉に訳するのに、こうしたカタカナ語の元が不明で、苦労が尽きないようです。
甲斐 晶(エッセイスト)
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