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続・中央アジア

  Uz1 2000年2月、ウズベキスタンでの業務を終え(「中央アジア」参照)、早朝、トルクメニスタンの首都アシガバードへの便に乗るためにタシケント空港に向かいました。チェックインを済ませてラウンジで待ち、いざ搭乗という段になって、アシガバード便は目的地の空港が濃霧のため遅れるとのアナウンス。それから延々と数時間空港に留め置かれたのですが、その間詳細な情報は一切なし。このあたりの事情は、共産圏時代と余り変わっていないなとの印象でした。

 Tu5アシガバード空港に着いてみると、濃霧など嘘のような晴天。予定時刻よりも大幅な遅延だったにも拘わらず、通訳兼ガイド役の青年がずっと待っていてくれました。VIP通関のお陰で、余り手間取らずに入国手続きが完了。同じVIP通関で1時間以上も掛かったウズベキスタンとの差を感じます。Faq08ab02

 空港からホテルまで、道路の両側には綺麗な飾り付けがなされ、あちこちに巨大な大統領の肖像や「人民、祖国、トルクメンの首領(Halk,Watan,Turkmenbasy)」のスローガンが見られます。聞けば、明日19日は大統領の60歳の誕生日で、祝日「国旗の日」とのこと。そのせいでこれほど沢山の肖像やスローガンが掲げられているのかと思いきや、いつもこんな状態とか。政府の建物やホテルの外壁には大統領の巨大な肖像画が必ず掲げられ、香水やヨーグルトの容器まで彼の肖像入り。個人崇拝の強さを感じました。「Turkmenbasy(トルクメンの首領)」とは、ニヤゾフ大統領のための称号で、ソ連邦から独立後、重要な建造物や工場にはことごとくこの名称が冠されているほか、トルクメンバシと改名した都市まであるほどです。

 彼は、トルクメニスタンが旧ソ連邦の一員であったときの共産党第一書記で、ソ連邦の崩壊前、1990年の直接選挙で大統領に当選。独立後の1992年に大統領(支持率99.5%)に再選。新憲法では大統領の任期は5年、2期なのですが、1994年の国民投票で99.9%の驚異的な支持率で2002年まで任期を延長。更に1999年暮れには、終身大統領となることが一院制の国会で満場一致で議決されました。170

  トルクメニスタンは、国土の大部分をカラクム砂漠に覆われてはいるものの、天然ガスの埋蔵量が世界第4位と資源に恵まれています。しかし、旧ソ連時代にカラクム運河などの大規模な水利・灌漑事業、石油・天然ガス開発、パイプライン建設が進められ、ソ連邦への天然ガス・石油供給と綿花栽培に特化した経済構造を強いられました。

 20061225115058 1991年の独立以来、ニヤゾフ大統領は行政の非ロシア化を進め、トルクメン語を公用語に採用。ロシアとの関係は重視しながらも、同民族トルコとの連携を強化するとともに、イランやアフガニスタンなどに隣接している地政学的な配慮から、「積極的中立」政策を標榜し、1995年に、国連で「永世中立国」としての地位が認められました。

 前述したようなゆがんだ経済構造のため、他の旧ソ連邦諸国のように急速な経済自由化は進め得ず、漸進的な経済改革に取り組んでいます。恵まれた石油・ガス資源にも拘わらず、輸出先であるウクライナなどCIS諸国の代金未払いのため、生活必需品の太宗を輸入に頼らざるを得ない経済は大きな打撃を受けています。旧ソ連邦以外の国へのパイプラインの敷設が急務なのです。Faq08ab将来的には、シルクロードを経て中国・極東へのパイプラインの構想もあって、我が国の支援に対する期待が大きいのです。しかし、外国投資を増やすには、投資環境の整備が喫緊の課題ですし、企業家の養成、統制経済の抜本的改革が不可欠でしょう。

 政府要人との会談を通じ、若き指導者達の国造りに挑む熱い意気込みを感じ取るとともに、短時間の内に英語をマスターし、市場経済の本質を把握した彼らの有能さに敬服もしました。

  トルクメニスタン外務省の某局長のお誘いで、日本とトルコの企業が資本参加した繊維工場の開所式に参加する機会を得ました。子供達まで動員され、寒空の中を震えながら大統領の到着を待っています。ようやく大統領が到着すると、民族の踊りや歌の披露とともに、子供達が口々に大統領を称えている光景を目にして、どこかの国のTV映像を見ているようで複雑な思いがしました。Photo

追記:ニヤゾフ大統領は、20061221日に「心停止」のため、急逝し、後にグルンバングルイ・ベルディムハメドフ大統領代行が第2代大統領に就任しました

甲斐 晶(エッセイスト)

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