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続・南の島々

 Solomon2_2 前回(南の島々)は、南太平洋の島々、ニューカレドニア、バヌアツを訪れたときの印象を記すとともに、部族間闘争の解決や諸改革に腐心するソロモン諸島ウルファル首相と会談するところまで書きました。 彼は、1997年、それまで20年間に亘ってこの国を治めていた前政権に代わって首相に就任し、 以来、行財政改革などの諸改革に着手。国民の支持を得るために、PRに力を入れ、「重病人には、手当てが必要。痛みを伴うが荒療治をしなければ死んでしまう。」と説明。情報公開と説明責任を掲げて4つの改革に着手したのです。

 第1は、財政改革でわずか6ヶ月で黒字を達成。第2は、行政改革。前政権によって膨れ上がった公務員定数を500人も削減。第3は、地方自治改革で、中央、州、地元(市町村)の3階層で600人もいた代議士の数を中央、州の2階層、200人に削減。第4は、税制改革。WTO対応の関税制度などにより投資や企業活動を活性化して税収増を図るもの。Ulfaaru_2

 こうした改革が順調に進んでいた折に、不幸にもマライタ人とガダルカナル人の部族間対立が激化して改革は中断。マライタ人が金鉱山やプランテーションなどから去ったため、生産活動に支障が出、経済的影響が現れ始めていました。国連の仲介により、フィジーの前首相が英連邦代表として調停を行い、ようやく政府とガダルカナル人武装勢力との合意にこぎつけたところでした。

 今後は、この合意の実施による治安回復が急務ですが、根本的な解決のためには、これまでの開発がガダルカナル島に集中していたことを改める必要があります。すなわち、マライタ島には見るべき産業がないために多くのマライタ人がガダルカナル島に移住。これが、紛争の元凶でした。そこで、マライタ島など4島の開発に力を入れようとしており、日本の支援が期待されています。日本は、これまでにも空港整備、道路整備、食料品市場の建設などに貢献してきました。人で溢れ返る市場の賑わいを見ていると、僅かな支援でも途上国にとっては大きな効果のあることを感じます。

 ここでも、道端には、所在無さそうな男性が大勢、道行く人を眺めています。都会に出れば何とかなると地方から出てきた人たちなのでしょうか。産業を興し、これらの人々に仕事を与えていくというのは大変なこと。40以上もある部族間の調和を図りつつ、改革の実を上げ、いかに国を繁栄させていくのか。首相の双肩にかかる重い課題です。Papua3_2

   最後の訪問国は、パプア・ニューギニア。パプアとは、現地語で「縮れ毛」の意。ヨーロッパ人が初めてこの島を訪れ、縮れ毛で黒い肌の人々に出会った時にアフリカのギニアの人々の容貌を連想したことから、この名が付いたようです。Qairport

  鉱物資源や石油・天然ガスなどの天然資源に恵まれた国で、バヌアツやソロモン諸島に比べると首都ポート・モレスビーの建物や道路の整備は、格段に進んでいます。しかし、都市と都市を結ぶ道路網などは未整備。街に出れば何とかなるだろうと田舎から出てきた人々で街角は溢れています。空港から街へは、路側帯付きの片側2車線の立派な自動車専用道路があるのですが、そこを裸足で歩く人々を多く見かけました。やはり日本の援助で完成した綺麗な空港のエントランスには、難民風の人々が何家族も地べたに座ってました。Q18_people

 こうして都市に流入して来た職の無い若者たちが一部暴徒化。押し込み強盗などを働き、治安の悪化が問題になっています。我々の泊まったホテルも2重の柵の中。物々しい警備で、気軽に街の中を散歩できる雰囲気ではありません。治安の改善が、外国からの投資拡大のための鍵のようです。

 Qqparliament 南の島々は、対日感情も良く、風光明媚なのですが、治安が悪かったり、悪性のマラリアやコレラの危険があったりで、気が抜ける時がありませんでした。しかも、長袖シャツ、虫よけスプレー、蚊取り線香で自衛していたにもかかわらず、ソロモン諸島ではしっかり蚊に刺されてしまい、10日から2週間といわれる潜伏期が無事に過ぎるのを一日千秋の思いで過ごしました。お陰様で、マラリア原虫に汚染されていない蚊だったようで、何事もなくて済み、ほっと一安心でした。

甲斐 晶(エッセイスト)

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追記:ソロモン諸島の政治情勢その後(外務省のHPより引用)

1997年8月の総選挙の結果、ウルファアル自由党党首を首相とする連合内閣が結成されたが、1998年末より首都ホニアラがあるガダルカナル島において先住民ガダルカナル人と移民マライタ人との間で部族対立が激しくなり、2000年6月、マライタ人武装勢力による同首相拘束事件が発生し、同首相は辞任に追い込まれた。7月にはソガワレ政権が発足し、10月にはソロモン政府、ガダルカナル、マライタ両武装勢力代表の3者間で和平協定が結ばれた。

 2001年12月、国際選挙監視団が監視する中、総選挙が実施され、ケマケザ政権が発足。同首相は、法秩序の回復と財政再建に取り組んだが、その後も事態は深刻化し、自力では解決できないと判断して、2003年4月に豪州に支援を求めた。7月、豪州・NZが主導し太平洋諸島フォーラム(PIF)加盟国の警察・軍隊からなるソロモン地域支援ミッション(RAMSI)が、ソロモンの法と秩序回復のために派遣されて以来、著しく治安が改善された。2006年4月、国際総選挙監視団が監視する中、選挙が平和裡に実施された。しかし、首相指名選挙でリニ氏が首相に選出後、首都ホニアラ市で騒擾が発生し、ソロモン政府は、同騒擾沈静化のため、PIF諸国へ支援を要請。豪、NZ主導で軍・警察要員がRAMSIへ増派された。その後、リニ首相は辞任。RAMSIが監視する中、首相指名再選挙が行われ、5月にソガワレ政権が発足した。

ソガワレ政権は少数5政党による連立政権であったが、同首相の政治運営に対する与野党からの不満等が高まり、2007年11月、総督に対し、首相辞任要請が提起され、12月同首相に対する内閣不信任案が可決された。その後行われた首相指名選挙で、野党統一候補として立候補したシクア前教育相が首相に任命された。

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