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メリー・ウィドウ

 Vop_neu_nah 10年ほど前から、ウィーン国立オペラとフォルクス・オペラのプログラムに変化が現れています。これまでオペラ中心だった国立オペラでオペレッタが度々行われる一方、オペレッタ中心だったフォルクス・オペラでオペラの演目が多くなって来ています。

  これまでにも、ヨハン・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」は、例外的に両方で行われて来ました。しかし、格式Img_1高い国立オペラで「こうもり」以外に初めて演じられたオペレッタであるのがフランツ・レハールの「メリー・ウィドウ」。私が見たのは、プレミア直後の1998年2月8日の公演でした。長く親しまれてきたフォルクス・オペラの演出とは違って、舞台を1920年代のパリに設定。全体にパステル・カラーの色調、ベル・エポック風の衣装と舞台装置で、とても優雅な雰囲気を醸し出していました。ただ、第3幕のマキシムの場面で、オッペンバッハの「天国と地獄」からカンカンを取り入れているのは、フォルクス・オペラと同じ演出でした。

 Qlehar3 「メリー・ウィドウ」は、オペレッタの白銀時代(ヨハン・シュトラウスⅡ時代を黄金時代と称するのに対してこう呼ばれます)を築いたレハールが19051230日にアン・デア・ウィーン劇場で初演。大成功を収め、その後、ベルリン、パリ、ロンドン、ニューヨークでも大好評を博しました。

 物語は、架空の国「ポンテヴェドロ」のパリ公使館のサロンで始まります。膨大な財産を相続した美貌の未亡人、ハンナ・グラバリがパリの男と結婚してしまうと祖国から資金が流出。国家財政が危機に直面するのを案じた公使、ミルコ・ツェータ男爵は、ドン・ファンでマキシムに入り浸りの館員、ダニロ・ダニロビッチに祖国のために彼女と結婚してくれるように頼みます。

 財産目当ての結婚など男がすたると豪語していたダニロですが、相手が昔の恋人ハンナと知って、彼女との再会を喜びます。2人の間の恋の鞘当てを縦糸に、公使夫人ヴァランシェンヌに言い寄るカミーユと公使夫人とのやりとりを横糸にして物語が展開。カミーユが「君を愛している」と書き込んだ彼女の扇が重要な役割を果たして、結局は全ての誤解が解け、ハッピーエンド。ハンナとダニロは、目出度く結婚し、公使と公使夫人も元の鞘に収まります。その間に、「メリー・ウィドウ・ワルツ」を始めとする親しみやすい名曲の数々や、バルカン半島の舞踊が織り込まれています。

 Img_6 実は、この「メリー・ウィドウ」がパリの国立オペラでも取り上げられました。私が見たのは、レハールの没100年目にあたる1998年の暮れ、バスティーユにおいてでした。パリを舞台に、パリジャンの自由奔放な恋愛ぶりを描いたオペレッタを、そのパリにおいて原語のドイツ語で上演する(フランス語の字幕付き)のですから、とても興味深く出かけました。全体にシンプルな舞台装置ながら、さすがにマキシムでのカンカンは、本場もの。実に賑やか、かつ、華やかでした。ウィーンのものなどとても足下に及ばない感じでした。

 Map ところで「ポンテヴェドロ」という国名は、当初の台本では、バルカン半島に実在の「モンテネグロ」(1992年旧ユーゴスラビア連邦の解体に伴い、セルビア・モンテネグロを形成していたが、2006年6月に独立となっていました。しかし、検閲の結果、外交上好ましくないからと、モンテネグロという国名を架空のポンテヴェドロに変更。地図上に「ポンテヴェドロ」を探して見ても無駄です。しかし、登場人物の名前と民族衣装ですぐモンテネグロだと分かるのです。例Merrywidowえば、ハンナの名字、グラバリは、当時、モンテネグロの国民会議に参加を許された上流階級の呼称ですし、ダニロは、皇太子の名前です。また、ツェータとは、14世紀にモンテネグロが侯国領であった時の侯国の名称なのです。

 さて、一世を風靡したメリー・ウィドウ。アメリカのその後のミュージカルに大きな影響を与えるとともに、無声映画時代を含めて4度も映画化されました。そればかりか、カクテル下着41sttkm15ll_ss500_サボテンやチューリップの品種の名前にもなっています。Yahoo やGoogle などで"Merry Widow" を検索すると関連サイトがすぐ出てきますので、ご覧になって見て下さい。

                            (エッセイスト)

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