伊奈かっぺい
ある時、青森県青森市に出張しました。仕事を終えて帰京する段になり、おみやげをと地元のデパートに出かけ、あれこれ物色。名物のイカの加工品や生ウニに加え、青森県が生んだコメディアン「伊奈かっぺい」のCDなどを求めたのですが、そう広くもないレコード売場には彼のCDとカセット・テープが所狭しと並んでいて選ぶのに迷うほど。東京では取り寄せとなることが多いだけに、さすがは地元だなあと思わされました。
ご存じでしょうか。伊奈かっぺいとは青森放送のディレクターで、サラリーマン生活のかたわら、ユーモア溢れるトーク・ショウを続けて来た人物です。もう十数年前になりますが、和田アキ子とのレギュラー番組が全国ネットで流されていましたので、ご記憶の方もいらっしゃることでしょう。ちゃんと標準語も話すのですが、やはり味があるのは独特の津軽弁をベースにした自作の詩の朗読とその合間の彼のお喋りです。そのライブはとても変わっていて、毎回「13日の金曜日」に公演するのが常。従って、1年以上も間が空くこともあれば、2ヶ月おきに立て続けに開くようなことになったりして、結構大変なようです。
彼の存在を知ったのは、二十数年以上も前、職場の友人達と出かけた蔵王からの帰りのスキー・バスの中でのこと。運転手が何気なくかけてくれた彼のテープを聞いていて、津軽弁の語りや話の中身の余りの面白さに、すっかり気に入ってしまいました。東京に戻り、早速レコード店でそのテープを求めたのですが、生憎と在庫がなくて取り寄せ。バスの中で既に聞いた内容なのに、再び聞いても少しも飽きません。その一端をご紹介しましょう。戦争に行った父親のことを書いた詩です。
<戦争(わぁ~)>
戦争前から 切手 集めであったんだど。
時々(とぎどぎ) 弘前(くに)の妻(かっちゃ)から 手紙くれば、大事にしまっておいだ切手がどんどど 貼らさて来るんだど。
妻(かっちゃ)にしてみれば 良(い)い切手も 珍し切手も区別つぐわげでねし、切手は封筒(ふうと)さ貼(は)てポストさ入れるモノ位にしか考えでねもだどごで・・・。
せっかぐ 長年 収集(あつめ)だ切手。
せっかぐ 長年 収集(あつめ)でおいだ切手・・・。
途中で鑑(ふね)ぁ 沈められで届がね切手もあるべし―――。
こうなれば 妻(かっちゃ)の手紙どんでも 切手もったいねくて―――
『早ぐ戦争(いくさ)終われば良(い)ッ』 ど思ったんだど。
戦争終わって 弘前(いえ)さ戻(もど)て来て『ただいま』って喋る前に
『切手 何枚(なんぼ)残(のご)てらば』って聞いだんだど。 わぁ~!
(「夜汽車で翔んだ落書き」より)
青森からの帰路の車中、待ちきれずに「十三日の金曜日 青森でござい!」
というCDをイヤフォーンで聞きました。その中で彼が語る、ライブを続けることの苦労話のうち、このエッセイの連載を書いている私も同感だと思ったのが次の2点。
① 玄人と違って、素人なので同じネタを繰り返す訳にはいかない。しかも創作能力がないので、全てが実話である。
② 毎回、全力投球で、有るもの全てを出し切ってしまい、ネタを全部使い果たすので、終わると虚脱状態。次回までの充電が大変である。
私があるところに連載エッセイを書き始めてから早いものでもう13年近くになりますが、毎回、産みの苦しみの連続。それでも、アイデアが浮かべば2、3ヶ月分まとめて書けるのですが、意欲が湧かないときは机に向かっても何も出てきません。
青森からの帰りの車内で彼のCDをイヤフォーンで聴きながら、そのおかしさに思わず声を出して大笑い。事情の分からぬ車内の人達は、きっと変人だと思ったに違いありません。彼のテープを聴くときには、くれぐれもご自宅でどうぞ。
甲斐 晶(エッセイスト)
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