Machinery Hall
旅先、しかも海外で骨董品を探すのは楽しいものです。今から10年ほど前になりますが、ロンドンに行ったときのこと。アンティーク・ショップが軒を並べていることで有名なポートベロー・マーケットに出かけてみました。「ロンドン最大のアンティーク・マーケット」というだけあって、通りの両側は、その手のお店で一杯。脇道に入ると、まるで中東のバザールのよう。銀製のブローチ専門の店があったかと思うとその隣はライターだけのお店といった具合。どんなコレクターのニーズにも対応できそうです。
私も早速Souvenir Spoonの物色にかかると、ありました、ありました。純銀製で、柄のところは、鷲が羽を広げたレリーフと七宝製の星条旗のモティーフ付き。匙の部分は、直径3cmほどの円形で、水辺にヨーロッパ風の建物が並ぶ風景が七宝で描き出された美麗品。下端には何やら文字が刻まれていて、店の親父さんに拡大鏡で読んで貰うと、"Machinery Hall"とありました。
「これは、米国製なんだろうが、どこの町のものか全然分からないので、売れないんじゃない」と、ケチをつけにかかる私。ところが相手もさるもの。「いや、『これは私の町のものだ』というお客が現れるもの」と、一歩も引きません。あれこれやり取りの末、27ポンドの言い値を23ポンドまで負けさせて商談が成立しました。
さて、帰国してからが大変。"Machinery Hall"が一体どこにあるのか、気になってしかたがありません。Souvenir Spoonのモチーフになるくらいですから、きっと有名なものに違いありません。取り敢えず、インターネットで調べてみました。
Yahoo!での検索結果は、1件。しかし、全く的外れなものです。そこで、Alta Vistaに変更。ところが、今度は、33万件もの検索結果となり、これまた役立ちません。検索条件を"exact match"として再度トライ。ようやく191件に絞り込めました。 この検索結果を逐一クリックしていくと、まず出てきたのは、ボストンにある3人組のロックグループの名称。次は、米国東部の大学のキャンパスにある歴史的建造物の名称なのですが、その写真はスプーンの七宝の絵柄とは、とても似ても似つかぬもの。これまた違います。そして、最後に行き当たったのが、1893年にシカゴで行われた万博、"World's Columbian Exposition"に関する3つのホームページ、 (http://users.vnet.net/schulman/Columbian/columbian.html)、(http://xroads.virginia.edu/~ma96/WCE/title.html)、(http://www.bc.edu/bc_org/avp/cas/fnart/fa267/1893fair.html)です。この万博の数あるパビリオンの一つに"Machinery Hall"というのがあり、そのイラストたるやスプーンの絵柄と寸部と違わないではありませんか。100年以上も前の代物だったのです。
この万博は、コロンブスの新大陸発見400年を記念するもので、19世紀に開催された万博としては最大規模のもの。半年の開催期間中の総入場者数は、2700万人を超え、当時の米国人の4人に1人がこの万博を見た勘定になるとか。欧州に優るとも劣らないだけの力を備えてきたことを米国が世界に示すとともに、その後の米国社会を特徴づけた工業・消費文化を示す絶好の機会でありました。 特に、電灯によるイルミネーション、電車による観客輸送、ムービーの前身の展示など、当時まだ目新しかった電気の実用化のデモンストレーションを大々的に実施。開会式ではクリーブランド大統領がスイッチを押し、"Machinery Hall"に設置された発電機とポンプを始動させて、所要の電力と水の会場への供給を開始させるという趣向でした。 "Machinery Hall" には、この他、紡織機や製紙機械、印刷機械などが置かれ、工場そのものが展示物となっていたのです。
残念ながら"Machinery Hall"は、万博翌年の火事で焼失。スペイン・ルネッサンス様式のその優美な姿は、今やスプーンに留めるのみなのです。
100年以上も前のスプーンと分かって一つ謎が解けたのですが、新たな謎も生まれました。シカゴ万博当時の州の数は44なのに、柄に描かれた星条旗の星の数は42しかありません。どなたかこの謎解きをお願いできませんでしょうか。
甲斐 晶(エッセイスト)
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