薬草
漢方薬のひとつに葛根湯(かっこんとう)という煎じ薬があります。一般に風邪の時の解熱のほか万病に効能があると信じられているところから、落語にこんな小話があります。
横丁の薮医院での診療風景です。熊さんが奥歯の痛みを感じて先生に診てもらうと、「うん、これは歯痛(しつう)だな。葛根湯でも飲んで寝てなさい。」との診断。次ぎに八っつあんが「頭が痛いんで」と訴えると、「うん、これは頭痛(ずつう)だな。葛根湯でも飲んで寝てなさい。」と快刀乱麻の診断です。
次いで薮先生が八っつあんの脇の若者に「あんたはどうしたんだね。」と尋ねると、「なあに、あっしはこいつの付き添いでさあ。」との返事。薮先生がすかさず、「それはタイクツウ(退屈)だな。葛根湯でも飲んで寝てなさい。」と言ってオチとなります。
しかし、この葛根湯にも現代医学の光が当てられて、意外な効能があることが分かり、西洋医学の病院でも生薬として処方する場合も出てきました。また葛根に川弓と辛夷を加えた「葛根湯加川弓辛夷」(かっこんとうかせんきゅうしんい)は花粉症に良く効くとの評判があります。
さて欧米でも民間療法で薬草(ハーブ)を煎じて飲むことが行われています。例えばプッチーニの有名なオペラ「三部作」のうちの二作目「修道女アンジェリカ」でも主人公のアンジェリカが薬草に詳しいという設定になっています。そして蜂に刺された仲間の修道女キアラのために薬草を集めて薬を処方する場面があったり、修道生活に入る前に私生児として密かに産んだ我が子の死を知ったアンジェリカが薬草で作った毒をあおって息を引き取る場面がラスト・シーンだったりします。
西欧の薬草のうち葛根にあたるのはカモミール(別名カミッレ、仏語:カミーユ、独語:カミレ)でしょう。 キク科の多年草で、初夏に白い小菊のような可憐な花が咲き、これを摘んでそのまま、あるいは乾燥させてハーブ・ティーにします。普通は胃の調子の悪い時や、気分を静めたい時に用いるのですが、好きな人ともなると風邪を引いた時や、気分がすぐれず元気が出ない時の強壮など何にでも用い、まるで葛根湯並みです。柚子湯や菖蒲湯のように入浴に用いたりもします。
ハーブはまたお菓子やケーキなどに入れて香味料ともします。バツカやニッキ、生妾などと同様の使い方です。(ハッカ飴やニッキ飴、生姜煎餅、 ヨモギ餅などを思い出してください。)
ハツカやニッキの味が苦手な人がいるように、欧米のハーブ味のお菓子のなかにはとてもいただ けないというものがあります。その典型がアニスでしょう。
欧米で売っている色とりどりのキャンディやジェリー・ビーンズの中には不思議にも真黒なものがあります。何だろうなと思って一口味わってみるとこれが運の尽き。そのまま吐き出してしまいたくなるような、とてつもなく不味いアニスの昧なのです。
アニスは東部地中海沿岸地方を原産とし、丈が60cmほどにまで伸びる日光を良く好む一年草です。黄色がかった白い花が咲き、これが終わると楕円形の小さい種がつきます。この種を香辛料や薬用に用いるのですが、消化不良や咳き止めに効くと言われています。
アニスはお菓子やキヤンディの香辛料としても用いられるのですが、これが日本人にはとても耐えられない奇妙な味なのは先に述べたとおりです。
ところが欧米には長い靴紐状のグミもどきの変な駄菓子があり、これがアニスの味で彼らの大好物。外人はどうしてアニスの味が好きなのか長らく疑問でしたが、ウィーンで知人が出産を経験し、その体験談からこの疑問が氷解しました。
あちらでは赤ちゃんがむずかると、おなかが張っているからだろうと、整腸の効能があるウイキョウ(茴香:英語ではFennel)のお茶を与えるのだそうです。ところがこれがアニスと同じ味。生まれた途端にこの味で育つのですから、この味に馴染んでいるのも不思議はありません。「三つ子の魂百までも」というのは味覚の世界でも成り立つようです。 甲斐 晶(エッセイスト)
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コメント
たしかに葛根湯は漢方薬だから副作用がないので手軽に飲めますよね。
ちなみに自分怪我には、軽い怪我ならどんな怪我でもヨードチンキを塗っていました。外傷の葛根湯のようなものでしょうか。
でも、傷によってはヨードチンキはよくないと知り、最近はもっぱらイソジン消毒薬を愛用しています。
投稿: SiloamCarePlace | 2007年12月 2日 (日) 16時35分