一期一会
人間、齢を重ねるにつけ、己れ自身が古くさくなるためでしょうか、次第に骨董品に関心が湧いてくるもののようです。
我が家の近くのK市では、降っても照っても、毎月28日に青空骨董市が日の出から日没まで開かれます。たまたま、土日や休祭日にあたったときに出かけてみるのですが、結構な賑わいです。しかし、来ているお客は、年輩者ばかり。若者は余り見かけません。
そんな中で、意外なのは外人客を多く見かけることです。どんなものを買っているのかを観察してみると、とても興味をそそられます。
まずは古着。地味で粋なものよりも、キンキラキンの柄物を好んで買っていくところが外人らしいところです。とても丈が合わないと思うのですがお構いなし。仕立て直して、イブニングドレスにするのです。ウィーンでパーティに招かれたお宅の家で、そんなドレス姿のアメリカ人客と一緒になり、なるほど良いアイデアだと思ったことがあります。このほか、豪華な柄の打ち掛けなどをタペストリー代わりに壁に掛けたり、和服の端ぎれを縫い合わせてキルトに仕上げたりと、古着もインテリアとして立派に役立つのです。
その昔、量り売り用に使った酒徳利も人気の的。友人のスイス人の場合、表参道のお店で見つけた酒徳利の口の部分に電球、その上に笠を取り付けて、素敵な電気スタンドに変身させました。徳利の表面に書かれた草書風の判読困難な屋号や電話番号もなかなか味があります。
このほか、日本人ならとても買う気にはならない、昔の民家にあった陶器の便器なども外人の目には、素敵なインテリアに写るようです。男性用の円筒型の小便器は何と傘立てに、大便用のものは花生けとして使うのです。固定観念にとらわれない、外人らしい自由な発想です。便器に描かれた絵柄が彼らにはとてもクールなのでしょう。
民主化運動のうねりが高まるさなかにウィーンからハンガリーへ車で出かけたときのことです。丁度、ガソリンの値上げを政府が決定したことからタクシーやトラックの運転手達が全国でスト。彼らが主要都市の入り口をトラックなどで封鎖したため、どこの道路へ行っても大渋滞。とても目的地のブダペストまで行けそうにありません。とうとう途中の町で断念せざるを得ませんでした。
食事をすませてから、とあるアンティークのお店を物色。共産党政権時代のこと、余り大したものはありません。当時からスーベニア・スプーンを集めていたものですから、ウィーンのステファン寺院を七宝で描いた絵の付いたものが目に留まりました。ハンガリーの地方都市のおみやげにウィーンのスーベニア・スプーンというのも変でしたが、銀製のとても手の込んだ細工の美麗品です。邦貨にして約1万2千円という言い値を8千円まで負けさせ、良い買い物をしたと大いなる満足感に浸りながら帰宅。
銀がやや黒ずんでいたので、磨いてみてびっくり。「27 Sept 1895」と刻んだ文字が浮き出てきました。何と百年も前の代物だったのです。当時はオーストリア・ハンガリー二重帝国時代。よく見ると柄には双頭の鷲が描かれています。ウィーン観光の土産にハンガリーの人が買って記念に彫らせたのでしょうか。
良い思い出ばかりとは限りません。これは日本への一時帰国を終え、ウィーンへの帰途上、英国内を家族でドライブ中のことです。休憩で寄った片田舎のコーヒーショップの隣が骨董品店でした。家内と娘が古い黒塗りの電話器を発見。金色の唐草模様で縁取りされた素敵な逸品です。とても気に入ったのですが、何せ旅行中のこと。このまま車でウィーンに戻るのならまだしも、ロンドンからウィーンへは飛行機ですし、一時帰国で買った日本からの手荷物が一杯。これ以上荷物は増やせません。泣く泣く諦めたのですが、今だに二人は買っておけば良かったと悔やむことしきり。「骨董品は一期一会」とは作家、林望の言葉。逃がした魚は大きく、気に入ったときが買い時なのです。
甲斐 晶(エッセイスト)
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