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フラクトゥルム

前回(ガソメーター)は、以前のガスタンクが再利用され、新たな市街地拠点として再開発されたことを紹介しました。ヨーロッパでは昔の建物を再利用することが珍しくないのです。ガソメーターの他にもウィーンでは、第二次大戦中の高射砲塔をどう再利用するかが、熱心に議論されてきていますが、後で紹介する1例を除き、なかなか活用の道が浮かんでこないようです。Flakturmaugarten_2

ウィーン少年合唱団がそこに寄宿舎を構え、有名な磁器工房のあるアウガルテン公園の中には、高さ55mもの巨大な鉄筋コンクリート造りの塔が2基建っています。これが第二次大戦中に首都ウィーンの空を防衛するために建設された高射砲塔(ドイツ語では、フラクトゥルム:Flak=高射砲、Turm=塔)の一部です。

1942年9月9日、当時の統治者によってその建設が決定されて以降、1944年の秋までにウィーン市内に計6基が建てられました。これら全てを手がけたのは、都市計画家で橋梁建築家であったFriedrich Tamms1904-1980)で、彼によってドイツ(ベルリン及びハンブルグ)でもこれに先立って同様の高射砲塔が建設されています。

しかしながら、これらの高射砲塔は完成当時から、既にその軍事的価値に疑問が呈されていました。というのは、より高空を編隊飛行するようになった爆撃機に対して、もはや高射砲塔では対応し切れなかったからです。そこで、防空壕的な機能、すなわち、独自の電力・飲料水供給システム、空調設備などを備え、何千人もの市民がそこに入って生き残るための施設としての役割が注目され始めていました。

戦後、ベルリンの高射砲塔は爆破されたり、展望台として利用されたりし、また、ハンブルグのものはメディア・センターとなるなど大変身を遂げたそうですが、ウィーンのものは相変わらずその異様な姿のまま現在に至っています。その結果、ウィーンの高射砲塔は現在でも街の景観の一部となっており、かえってそれが戦後ずっと「歴史の生き証人」として、黙してはいても格好の反戦記念碑の役割を果たし続けていると感じている市民もいるようです。

とは言え、あまりに巨大で、威圧的です。周囲の景観にとけ込んでいないことから、何とか再利用する道はないか、そのアイデアを市民から募集したりしています。数多く寄せられた提案には、ホテル、レストラン、カフェ、ディスコ、博物館、スイミングプール、ヘリポート、高層ビルなどとしての利用案がありましたがいずれも帯に短したすきに長し。市から却下されたりスポンサーがいなかったり、これまで実現したものはありません

本来は、安全のため立入禁止になっているアウガルテン公園内の高射砲塔の内部に、特別な許可を得て立ち入った探検クラブの体験記がネット上に紹介されていました。内部はおびただしい数の鳩が巣にしており、またかなり荒廃している様子が窺えます。

かくして、ウィーンの高射砲塔はあまりに頑丈に作られているので壊すに壊せず(一説によると、1基の高射砲塔を壊すのにかかる費用は何と1900万ユーロ、約266億円とか)、その再利用の名案も無く、思案投げ首の状況のようです。

Turm_mit_th そんな中にあって、マリア・ヒルファー通りに近いエスタハージィ公園内の高射砲塔は、「海洋館」(Haus des Meeres)と言う名の水族館として、再利用されています。しかし、同館の公式サイトによると、実際に使われているのは地上5階分のスペースだけで、残りの上部4階部分の使い道は未だに「計画中」とのことです。

我が家の子供達がまだ小さい頃、ここを一度訪れたことがあります。入り口から狭い階段を降りて、水槽のある展示室に向かいます。中には、Mamba ピラニヤ、珊瑚礁の熱帯魚、タツノオトシゴ、ウツボ、ワニガメ、毒蜘蛛、蛇、ワニ、カメレオンなどウィーンでは珍しい動物たちが展示されていました。水族館というよりは、ちょっと凄みのある小動物園といった感じでした。  甲斐 晶(エッセイスト)

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