夫婦の絆
最近の地方自治体の芸術・文化志向には目覚ましいものがあって、ちょっとした地方都市には立派な美術館や音楽ホールが見られるようになりました。
我家の近く、東京近郊のT市にもウィーンの楽友協会ホールを模したというシュー、・ボックス型の豪華なコンサート・ホールが建てられています。ここの目玉はお手本にした楽友協会ホール並みの優れた音響効果とドイツからわざわざ取り寄せたという立派なパイプ・オルガンで、色々な企画が精力的になされています。
オープンしたての最初の年の年間プログラムにはバッハ研究家として名高い音楽評論家を招いてのバッハの作品を中心にした解説付きのオルガン・コンサートのシリーズがありました。T市の補助があるのでしょう、入場料が格安なのが有り難いところで、早速、家内と一緒に出かけてみました。
都内の有名なホールは何れも繁華な都心にあるため、せっかく素敵な演奏やオペラを満喫しても、公演が終わって一歩外に出てみると都会の喧噪や雑踏で今までの良い気分も台無し。演奏会の余韻を楽しめる都市構造となっていないところが興ざめでした。しかしこのT市のコンサート・ホールの場合には最寄りの駅から会場までが素敵なプロムナードになっており、その辺の配慮が行き届いていて一遍に気に入りました。
ところが来ているお客にはちょっとばかり失望させられました。たまたま我々の後ろの席にテニス仲間とおぼしき5~6人のおばさんの一団が座っていたのですが、そのお喋りの凄まじいこと。開演前はまあ良いとして、オルガン演奏の合間になされる解説者のお話の間中ペチヤ・クチャが止まりません。余程怒鳴ってやりたい気分でしたが、ぐづと我慢。演奏会が終わってしげしげとおばさん連中の顔を見るに、それほど無教養でもなさそうですし、身なりもちゃんとしています。ただただ演奏会のマナーを心得ていないのです。
おばさん連れが目立つのは何もこの時ばかりではなく、他の演奏会やオペラでも同様で、これは欧米の常識からは考えられない、日本だけの特色でしょう。欧米では夫婦連れや恋人同士などの男女のカップルが基本で、同性ばかりが数人というのは異例です。欧米のオペラハウスで出張者とおぼしき日本人男性の一団がずらっと良い席を占めているのをよく見かけますが、これは欧米人にとってはとても異様な光景なのです。
もちろん日本でも恋人同士とおぼしきカップルを見かけますが、夫婦連れは少数です。世の男性たちが結婚前には恋人をオペラやコンサートなどにせっせと連れ出すのに、結婚してしまうとこれらに全く興味を示さなくなってしまうのは「釣り上げた魚に餌は不要」という考え方からなのでしょうか。クラシックが駄目でカラオケ好きの男性ばかりだとも思えません。現に連れのいない中年男性独りだけの観客も日本ではよく目にします。これとて実に日本的な光景で、欧米ではそんな場合には必ず誰か女性を誘って出かけるところでしょう。
それではなぜ日本では夫婦一緒に出かけないのでしょうか。家内によれば「亭主となんか出かけたくない」というおばさん連中の気持ちは良く分かるそうです。趣味が合わないということもあるでしょうが、むしろ、「女房が亭主を世話する」という家庭の日常性から解放され、気楽に振る舞いたいからのようです。亭主関白を決め込んで良い気でいるといつかとんだしっぺ返しに遭うのです。
かつて、こんなサントリーの緑茶のコマーシャル・フイルムがありました。「ダイヤモンドに訪問着。おいしい弁当にお茶買うて、亭主のへソクリ使っこたった。ああおいしい。」と友達連れの旅先で陽気に歌う奥方と、本の間に隠しておいたへソクリを一生懸命探している哀れなご亭主の姿が印象的でした。
世のご主人方、長年連れ添った奥様から見放されないためにも奥様との日頃のコミュニケーションと家庭サービスが肝要のようですね。
甲斐 晶(エッセイスト)
| 固定リンク
「音楽」カテゴリの記事
- 天上の響き、グラスハープ(2025.04.04)
- 小澤征爾さんを偲ぶ(2024.10.26)
- iPod nano (第6世代)(2022.10.23)
- カラスのチター(2010.01.10)
- マイ・フェア・レディ考(2009.09.19)
コメント