2月下旬にオーストリア、ハンガリー、チェコの3つの首都、ウィーン、ブダペスト、プラハを訪れました。これらは、かつてハプスブルグ家の版図内の古都で、これら三都を巡る「三都物語」と称するツアーは、ハプスブルク家の繁栄や芸術、中世の建築美を堪能できる、優雅な周遊旅行として人気があります。しかしながら、今回、そのツァーに参加してこれらの都市を訪れた訳ではありません。EU域内の原子力発電所におけるテロ攻撃やサイバー攻撃に対する防護対策の現状を調査するための出張でした。(以下、画像をクリックすると拡大表示されます。)
まず、ウィーンでは、市内にあるWINS(World Institute of Nuclear Security:世界核セキュリティ協会) の本部を訪問し、担当者からWINSの事業内容の説明を受けました。核セキュリティとは、核物質や放射性物質、その関連施設や輸送を対象とした、テロ行為などを防止し、検知し、対応することです。WINSは核セキュリティ対策を専門とする国際的なNGOで、核セキュリティ専門家の育成(WINSアカデミー)やワークショップの開催などを通じて、世界中の原子力事業者や規制当局のセキュリティ文化醸成と能力向上を支援しています。WINSの事業内容を聴取するとともに、①ロシアのウクライナ侵攻を受けた、設計基礎脅威を超える脅威の想定、➁施設内の枢要な設備を熟知し、アクセス権を有する従業員が脅威となる内部脅威への対策、③従業員等の身元調査など信頼性の確認、④ドローンなどによる空からの攻撃への対策、⑤AIなど先進技術の核セキュリティ対策上の利用、⑥核セキュリティ事象への対応訓練などについて、各国における対応状況について調査を行いました。
WINSの本部は、古風な建物の「1階」にあります。しかしながら、各階の呼び方はヨーロッパ式ですので、日本でいう1階はこちらでは地上階(ドイル語では Erdgeschoss、英語では ground floor)と呼ばれ、その上層階が1階(日本式の呼称では2階) となります。ところが、ウィーンの古い建物では、 しばしば、地上階と1階の間にメザニン(Mezzaninne)という中2階が設けられていますから、1階と称していても、実質的には、日本の3階にあたるのです。WINSの本部のある建物でもそうでした。しかも、ウィーンの古い建物では、各フロアーの部屋の天井が極めて高く作られているので、地上階から「1階」までだとしても、建物の中央部にある、らせん階段を歩いて上るのはとても大変です。そこで、こうした古い建物には、らせん階段の中央部を貫通するようにエレベータが設けられています。
ところが、このエレベータがとても前時代的で、古色蒼然としているのです。写真の例のように、エレベータ本体は鳥かご型で、中からも外からもよく見通せます。エレベータが停止して、各フロアーにあるエレベータの外扉を手で開くと、内扉も連動して開くので乗り込みます。エレベータ籠の中には、現代的なエレベータと同様に、行き先階別のボタンが並んでいるので、その1つを選んで押すと、エレベータは選択した階まで自動的に移動して止まります。そこで内扉を開けると、行き先階のフロアーの外扉が開くので、エレベータ籠の外に出ます。そして、外扉を閉めると、内扉も連動して閉まり、エレベータ籠は次の行き先階に移動して行くのです。(ちなみに、地上階を示すボタンの表示は、「0」または「E」(Erdgeschossから)です。また、英国では、「G」(ground floorから)です。)
さて、WINSでの用務を終えて、夕方のブダペスト行きフライトにチェックインするために市内を発つて空港へ向かうまでに、3時間ほどの自由時間が出来たので、同行者たちを案内して、旧市内へと足を延ばしました。まずは、シュテファン寺院へ。一昔前には、大気汚染のため、石造りの建物全体が黒く煤けていたのですが、その後、レーザーなどの洗浄技術を駆使して磨き上げられ、すっかり綺麗になっており、ウィーンの空にその雄姿が映えていて見事でした。
3時間の限られた時間内に、同行者への市内案内と家内から頼まれた買い物をこなさなければならないので、大変です。シュテファン広場から、まず、目抜きのケルントナー通りの取っ掛かりにあるドラッグストアBIPAへ。ピンクの店名が書かれた看板が目印です。ここでのお目当ては、オーストリア製のポケットティッシュ、「feh」です。クリネックスなどのように、1回使って捨てるタイプではなく、ハンカチのように何度も使用が可能です。しかもお肌に優しく、ほのかにラベンダーの香りがする優れもの。しかもポケットに入れ忘れたまま洗濯機で選択しても、クリネックスの場合のような悲劇的な結果にはなりません。しかも feh のホームページでは、「選択可能」(外部機関による確認済み:30℃、洗濯量3.5kgの場合)と明記されています。同行者たちも、ウィーンに住んでいた私のお勧めなら間違いなしと、職場の同僚用のバラマキみやげとして山ほど購入していました。(オーストリアの公共放送には、日本と違って、企業広告が流されます。そんな中に、feh のコマーシャルが時折流されるのですが、必ず、英語で、"Oh! It's a feh!" とだけの優しい声が響いていたのが印象に残っています。)
次いで向かったのが、グラーベン通りの端にある、Julius Meinl。日本の紀伊国屋や成城石井のように小洒落た食品などを豊富に扱っています。ここでのお目当ては、ハンガリー風ビーフシチュー(グーラッシュ:Gulasch、ハンガリー語ではグヤーシュ: gulyás)を作るのに不可欠のパプリカパウダー。日本でも入手できますが、日本では甘口(ドイツ語では"süß")のものしかなく、辛口(ドイツ語では"scharf")のものは手に入りません。(手に入るとしても、輸入の手続きが必要です。)甘口のものは、鮮やかな彩りや風味付けに使用されますが、辛みは全くありません。
甘口のものでも十分用は足りるのですが、我が家のように辛みが欲しい場合には、辛口のものが欠かせません。シチューに加える分量は、4人分の場合に小さじ約2杯を加える程度ですから、それほど大量には必要ないのですが、次にウィーンに来られるのがいつになるのか分かりません。この際にと、50g入りのパッケージを2つ、100g入りのものを1つ購入してしまいました。2年前に来た際に、100gのパッケージを1つ求めたのが、まだ使い切っていないのですから、これで4、5年は持ちそうです。さすがに同行者たちは、パプリカパウダーは遠慮して、その代わりに、ウィーン土産らしい包装のチョコレートや、コーヒー、紅茶をバラマキ用みやげに多量に購入していました。
お土産の調達を終えてから、同行者たちを案内して、グラーベン通りの端を左折して、コールマルクト通りに入り、王宮前のミヒャエル広場へと向かいました(写真出典:まっぷる)。途中、有名な元祖ザッハートルテ訴訟の一方の当事者の菓子店、カフェ・デーメルを覗いたり、
広場の端にある民族衣装の老舗(1830年創業)、ローデンプランクルのショーウィンドウを覗き、ウールを圧縮して作るローデンという生地を用いたコートやジャケットを眺めたりしました ミヒャエル広場では、ローマ時代の遺構を確認しました。この遺構は、1992年に広場の地下に大規模駐車場を建設しようとして掘削を開始したところ、。
ローマ時代の遺跡が出てきてしまい、計画が頓挫した経緯があります。紀元1〜5世紀頃の住宅跡や、ローマ軍の宿営地近くの都市構造を示す基礎部分が見られます。(写真出典:https://serai.jp /tour/1004267#google_vignette)
王宮のミヒャエル門をくぐると、左側のパッサージュにお土産屋がいくつかあります。その中の1つ、プチポアンのお店、マリア・シュトランスキーを同行者たちに紹介。プチポアンは、18世紀のウィーンで編み出された刺繍技法で、拡大鏡を使用して手刺繡で 1 平方センチあたり 121-225 目のテント・ステッチを施した物です。 目が細かいことから、絵画的な図柄も表現可能なのです。一同、ショーウィンドウに並ぶ品々の精緻で見事なデザインには感心するのですが、その値段の高さにはびっくりした次第です。(写真出典:4travel.jp)
王宮中庭からスイス宮に入るスイス門を横目に見ながら、新王宮へ。スイス門は、ハプスブルク家の紋章が描かれ、赤と黒の配色が特徴的な16世紀ルネサンス様式であるのがが特徴です(写真出典:まっぷる)。新王宮の一角は、オーストリア首相の執務室になっていますし、その昔、核物質防護条約の起草会議に参加した際には、その会合が瀟洒な王宮の一室、立派な大理石の部屋で行われていました。
新王宮の前は英雄広場で、ウィーン攻略を試みたトルコ軍を見事に撃退させたオイゲン公の騎馬像があります。あのヒトラー が1938年3月15日、オーストリア併合に際して、この広場をびっしりと埋め尽くす市民に向かって演説を行ったのが、この新宮殿のバルコニーだったことなども同行者たちに説明したりしました。(写真出典:まっぷる)
そこから、さらにリング通りを渡り、向かい側のマリア・テレジア広場へ。その両側には、自然史博物館と美術史博物館があります。時間的制約から、両博物館の価値ある展示物を見ることは叶いませんでしたが、
広場の中央に立つ、女帝マリア・テレジアの巨大な銅像を同行者たちに案内。19世紀末に建立され、国母と慕われた彼女の座像を中心に、台座には側近や軍司令官、子供のモーツァルトなど歴史的著名人の像が彫られています。(写真出典:4travel.jp)
次いで、リング通りを王宮庭園(Burggarten)に向かって移動。そこに立つ白いモーツァルト像は、ト音記号の花壇で有名な人気の撮影スポットになっています(写真出典:4travel.jp)。さらにリング通りを進んで、国立歌劇場に出ました。そろそろお腹が空いてきたので、アルベルティーナ通りとの角にある、ウィーンでもっとも有名なソーセージスタンド、Bitzingerにご案内。ところが、スタンドの前は中
国人と思しき旅行者たちで長蛇の列(写真出典:https://ameblo.jp/globetrip/entry-12534974999.html
)。これでは順番待ちでかなりの時間がかかりそうなので、諦めてさらにリング通りを進んで、ホテル・ブリストル前のソーセージスタンドへ。ケーゼクライナー(Käsekrainer:チーズ入りソーセージ)のホットドッグをいただきました。お腹を満たしたところで、さらにその先のグランドホテルへ。40数年前、初めてIAEA(国際原子力機関)を訪れた際 には、ここにオフィスがあったこと、古い建物なので当時はエアコン
がなく、室温が30℃を超えると仕事をやめて帰宅しても良いルールになっていたことなど、昔の話を同行者たちに披露。まったく今は昔のことです。このグランドホテルは、一時期、全日空が東京=ウィーンの直行便を運航していたころはANAホテルとして使用されていました。どの部屋も、ベッドサイドの枕もとで、エアコンや室内灯のコントロールを始め、窓のブラインドの開け閉めまで全てのコントロールが可能でした(写真出典:グランドホテルのWebsite)。
リング通りをさらに進むとシュヴァルツェンベルク広場に。ここには、巨大な噴水、ホッホシュトラールブルネンがありますが、これは、アルプスの湧水をウィーン市内に供給する水道管の完成を記念して1873年に建造されたものです。その背後には、第二次世界大戦で落命した旧ソ連兵士を称えて1945年に建造されたソビエト戦勝記念碑があります。1955年にオーストリアが独立を果たした際に、当時オーストリアを占領していた戦勝国、ソ連、英、米、仏の4か国と結んだ、独立を保障する国家条約の付属書において、この記念碑を決して撤去しないことを約束した経緯があります。(写真出典:https://www.ryoko.info/vienna/
074vienna.html)
ところで、この記念碑の中央にある高い塔の上には、ヘルメットを被り、黄金色の紋章を携えた高さ 12mのソ連軍兵士の銅像が立っています。その色と形があの水戸黄門様一行が手にする三度笠に似ているので、ウィーン在住の日本人の一部には、これを「三度笠」と呼んでいる人もいました。しかしながら、占領中に一部のソ連兵が行ったモラルに反するような行動の数々から、この像に悪い感情を有するウィーンっ子もいるので、この像を隠すために、噴水を空高く噴き上げるようにしたのだとのまことしやかな説を唱える方もいます。しかしながら、噴水の完成は、記念碑の建造のはるか70年以上も前のことですから、この説は当たりません。時系列が逆です。
そこからさらに市民公園へ。ここには、有名な音楽家の像が多く見られますが、中でも有名なのが、金色に輝くあのワルツ王、ヨハン・シュトラウスII世の像です(写真:© WienTourismus/Gregor Hofbauer)。リング通りからちょっと奥まったところにある、バイオリンを弾く姿の像に同行者たちをご案内した際には、ここにも大勢の中国人観光客。その一人一人が、次々と像とのツーショットを撮るために、台座の近くまで上がっているのはいただけませんでした。世界のあちこちで顰蹙を買うような行動がみられるのは残念です。
市民の憩いの場、市民公園をさらに進むと、もうWINS本部のある建物は目と鼻の先です。預けてあったスーツケースを受け取って、建物のわきにあるタクシースタンドで車を拾い、空港へ。チェックインの予定時刻に十分間に合いました。最近では、搭乗客が自分で、搭乗発券機を操作して搭乗手続きをさせられます。パスポート情報を発券機に読み取らせて搭乗券を入手。預託荷物をバゲージドロップカウンターに預け、出国手続きを済ませて、オーストリア航空(OS)のラウンジへ。軽食で小腹を満たしながら、WINSでの調査結果を復習・確認しました。定刻となり、搭乗ゲートに進み、機内へ。この時期、生憎とウィーン=ブダペスト間のOS便がキャンセルとなっているので、ミュンヘン経由を余儀なくされました。夜遅くになりましたが、無事にブダペストに到着。市内の宿にチェックインできました。
ハンガリーでは、Paks原子力発電所と規制当局のHAEA(Hungarian Atomic Energy Authority:ハンガリー原子力庁)を訪問しましたが、その模様は、次の機会に致しましょう。今日はここまで。
甲斐 晶 (エッセイスト)
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